音楽

2008年5月23日 (金)

未来を幻視する~イオン・マリンを聴く

国際ニュースをチェックしていると、辛く悲しい映像をたくさん見る昨今。

四川省のみなさま、ミャンマーのみなさま、心より哀悼の意を捧げます。

(あけぼの光学の幻の提携先(当社捏造設定)の臥竜自然保護区のパンダちゃんたちにも(泣))

心も沈みがちな今日この頃ですが、一昨日ちょっと久しぶりに心が浮き立つようなことがありましたよ!

サントリー・ホールにNHK交響楽団の定期演奏会を聴きに行ったのですが、お初にお目にかかりましたイオン・マリンさん。

いや、期待以上でした。

ガーッ!

かっこいい!!(わたしゃ、こればっか・・・(汗))



聴いたのはショスタコービチの交響曲5番。

この曲は1937年に完成、初演されたのだそうで、熱狂的なファンの方々によってもう山ほど語り尽くされているかと思われますので、クラシック素人聴き手のワタクシなんぞが語るのも憚られるのですが、とにかく第二次世界大戦の不気味な足音がひたひたと近付きつつあり、いやもうヨーロッパでは1936年にはナチス・ドイツがラインラント進駐を果たしているしアジアでは1937年その年に盧溝橋事件がおこっているわけですから、事実上すでに第二次世界大戦の端緒が開かれていたと言ってもいい年に世に出た作品なわけです。

しかし例によって、優れた音楽家がずっと先の歴史をすでに見通していたような音楽を創ってみせるという能力(去年もラフマニノフの話でちらりと書いたんですが芸術家にはそういう先見性があると思います)で、ショスタコービチもヨーロッパが、自分の故国のソビエト連邦が、どんな過酷な戦争の未来に向かってひた走っているのか、絶対に知っていたに違いない!と思わせるような曲にこの5番はなっています。

いや、それどころか今回聴いて確信してしまいましたね。

ショスタコービチは大戦後の世界が冷戦に迷い込み、米ソのぎりぎりのチキン・レースに向かっていくことも、その結果ソ連が崩壊することも知っていたに違いない!!1937年の時点で1989年のベルリンの壁崩壊とその後に起こったことのすべてがわかっていたに違いない!!(いや、それ言いすぎ(笑))

5番を聴いたあとの会話。

「ショスタコービチはきっとソ連の崩壊を知っていたね」

「うん。アメリカ帝国の崩壊も知っていたよ、きっと(にやり)」

いや、アメリカ、まだ崩壊せずに存在してますけどっ!!(大笑)



そのショスタコービチの5番をとてもシャープに、そして華麗にイオン・マリンさんは指揮してみせたのです。

音はとても正統派。

そして指揮する姿は、けれんみたっぷり!

バレエの踊り手のように、ピシッ、ピシッとと正確に止めてみせる腕のさばき方に見惚れ、足のステップの軽やかな見栄を切ってみせる姿にたまげ・・・(威音屋!という感じ(歌舞伎かいっ!(笑))

いや、もう、すごくカッコイイ方でした!!

この人はルーマニア生まれ。

腐敗と醜悪の独裁政権だった末期のチャウシェスク政権下から1986年に亡命。

1960年生まれなのでこの時26歳。

(追記(5月28日):本日のハイビジョン放送では1962年生まれ、とありました。どちらがホントかしらん?)

だから今回のショスタコービチの5番は実にうってつけ!のプログラムでしたよ、ホント。

その後、オーストリアやイタリアで音楽家としてのキャリアを積む。

御年48歳。

でも、もう全然見えません。

とにかく若々しい!!の一言。

いや、私は老巨匠の指揮を観にいく機会が多いせいもあるのですが(比べると誰も彼も若々しい(笑))

でも、この人の他の曲の指揮を観てみたい。

そして、この人が今後どんな風に円熟していくのか、その未来の姿を観てみたい。

そんな風に強く感じましたよ。


いや、ちょうど今NHK交響楽団は音楽監督空席ですから。

ど、どうかしらん???

などと、考えてみたり。
(いや、最近の我が家では息子の嫁さがしをする母親のように、指揮者と見ると「N響にどうかしらん??」などと言ってますが。ああ、余計なお世話(大笑))



とにかく、未来を観てみたい!

ということで、ちょっと元気になったこの週末です。

イオン・マリンさん、ありがとう!

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2007年9月20日 (木)

20世紀を、悼む~音楽的記憶

今夜は溜池山王まで行ってきましたよ。
改装が済んだサントリーホールに久~しぶりに行ったんです。
NHK交響楽団の定期演奏会です。

私は音楽については、まったくのシロートだし、しかもあまり音に五月蝿くない方なので、ホールが改装になってどう音的に変化したのかはよくわからんかったですが、相変わらずサントリーホールは居心地いいです。
そして、N響のB定期は相変わらず年齢層が高く、筋金入りのクラシックファンのおじいさんやおばあさんがたくさん。
いつもの常連さんの威勢のいい辛口評論が聞こえてくるのも、なにかほほえましく、いつものB定期の雰囲気でした。


そんなこんなで本日聴いてきたのは、ラフマニノフの交響曲第2番でしたよ。
いや、他にも、武満徹とかコープランドとかあったんですが、前半はいまひとつ私にはフィットしないっつーか・・・
プレヴィン卿(イギリス人でないので「サー」とは呼べないのだそうですじゃ。「ナイト」の称号のこと。やこしいのう(汗))は元ジャズ・ピアニストのはず!!
もっと、モダーンな演奏が聴けるのかと思ったら、ちげーよ、なとてもオーソドックスな演奏で、にゃんだか、うーんどしよかね・・・
オーソドックスな武満ってどうよ?など生意気な感想もムクムクとアタマをもたげてしまって困っていたんですが、後半は一転して違った。


後半は、ラフマニノフ!
これもオーソドックスだったんですが、度を越してオーソドックスというか・・・
もともとラフマニノフの2番、とても感情的で劇的ですから。
世界中の映画音楽やドラマの音楽を作曲している人たちの多くは、ラフマニノフに相当パテント支払わないといけません。
ラフマニノフの下手な焼き直しが世界中に溢れとるし(苦笑)
そのラフマニノフをオーソドックスにやる。
これがものすごい強力でしたよ!



すぐれた音楽はみなそうですが、その曲が創られた時点よりもはるか先の時代まで見透かしているような印象を受けることがままあります。
たとえば、ブラームスの交響曲を聴くとき、ブラームスは19世紀に生きながら、すでに1940年代のベルリンとかを透視していたのではないかと思えたりする。

ラフマニノフの2番もそういった曲で、20世紀の初頭に創られたこの曲は、すでにヨーロッパで2つの過酷な大戦がおこることも、アメリカとソ連の冷戦がおこることも、そして、20世紀の最後にベルリンの壁が崩壊して新しい世界が始まることも、みんなすでに作曲時にわかっていたのではないか、と思えてしまいます。
この曲は、甘くも辛くも20世紀そのものだ、と感じるのです。
もうすでに20世紀は終わりを迎えて数年が経てしまい、新しい世紀がなし崩し的に世界を覆ってしまってはいますが。


今宵、その曲をプレヴィン卿が演奏したわけです。
ナチスに追われて、子ども時代にベルリンからアメリカに亡命したプレヴィン卿は、正確な生年が不明ということで、ほどなく80歳を迎えるはずということらしいですが、そのご老体が、椅子にかけたまま、枯れ木の腕の魔法の指でつむいだ音楽。
その音楽はとてもオーソドックスでしたが、この曲の特徴を最大限に生かしている。
情緒的で感情的でいながら、とても叙事詩的。
個人の感情の吐露のようなこの曲は、オーソドックスにやるほどにたくさんの個人の感情を寄せ集めて、いずれ個人を超越してしまった気がする。
結果、時空間とか歴史とかを感じさせる。
個人を語ることは、歴史を語ること。
その見本例の演奏。


だから、今夜のプレヴィン卿の演奏は、たぶん20世紀を送り出す、その葬送の曲。
プレヴィン卿の遺言だったのでは、と。


曲後、拍手とブラボーの歓声が鳴り止まなかったのを満足そうにうなずきながら見渡していたご老体の姿が、いつまでも記憶の隅に残りそうです。

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