ハゲタカ関連

2009年9月18日 (金)

映画「ハゲタカ」DVD化を待ちわびて(その5)~1月15日!

このブログ(ココログさん)は、本来サイドバーに置く「検索フレーズランキング」というブログパーツが、標準装備されています。

つまり、このブログにたどり着く際に、検索サイト(ヤフーやグーグルなど)経由でいらっしゃった方々がどういった「言葉」で検索されてきているか、そのランキングが出るようになっているのです。

私はなるべくシンプルな画面にしたい方なので、その表示ははずしてありますが。

しかし、もし表示すれば、ここのところの検索フレーズのほとんどは、決まっている。

 

「映画」「ハゲタカ」「DVD」の3つの言葉。

 

皆さま、切実に情報を探し求めてらっしゃるんですね。

いや、わかります。私もそうですから!

 

早く映画「ハゲタカ」のDVD出ないかな~(しみじみ…)

 

 

…と、ここまで書いて次の記事の準備してたんですがね(笑)

まだまだ待たねばならない期間が長~いことが、確定してしまいましたな…うーん…

 

詳細は映画の公式ホームページへ!(涙←うれし涙なのか、辛抱の涙なのか、もはやわからない…)

 

           ↓


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2009年9月 4日 (金)

映画「ハゲタカ」DVD化を待ちわびて(その4)~nyan-chan2222の役に立たない大江戸物語

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東京での上映が終了して、遥か久しくなるような気がします。(実際はまだ1週間なんですけどね~(笑))

6月の公開初日から、けっこう定期的にリピートして通っていた(笑)ので、終了した今となっては「これから何をやっていいのか、わからない!」状態(大笑)です。

 

映画「ハゲタカ」公式ページを見ると、北海道とか、秋田とかで、9月の公開地域もあるんですよね~!

そ、そうか、まだ遅れての公開館もあり得るのね!じゃあ、東京でもないかしらん?私が行ける範囲で!

と、何かまだ期待してたり…(←まだ諦めてない人が、ここに!(笑))

みなさまも、ご近所の上映館情報のチェックを小まめにしましょう!

 

 

 

そんな日々の中、先日、携帯サイトを運営している会社の方から、サイトで使うキャラクター素材の提供してみませんか?というお誘いがあり、面白そうなので、ちと描いてみました。

キャラクター素材を使って誰でも「コマ漫画」を作れる、という機能のあるサイトさんで、

私の提供させていただいたキャラクターも自由に使ってもらって、コマ漫画作って遊んでください、というコンセプトです。
(また、一般の方の素材提供もウェルカムだそうなので、やってみたい方はどうぞ!)

 

「ハゲタカ」の上映が終わってしまって、これからDVDの発売までの長い時間、何をしていいかわからない~、といったような放心状態の「ハゲタカ」廃人の諸兄諸姉、気分転換にいかがでしょうか?(笑)

 

サイトさんのPCホームページは、こちらです。

 imint corporation Photo_2



携帯サイトのURLのご紹介はこちらです。

imint携帯サイト紹介ページ(←クリックするとジャンプしてページに飛びます)


 
けっこう好き放題にさせてもらって、描くのがかなり楽しかったです。
やはり、時代は「メガネ男子」だ…(笑)





それから、同じように放心状態の慰めに、と知人から「こうゆうクイズがあります」と紹介が廻ってまいりました(笑)「ハゲタカ」検定試験…
「ハゲタカ」廃人度のチェックのようです(大笑)

なんかね~思わず設問の濃さに「くすっ」と笑う感じです。
選択肢の解答例が、土地勘のある者には非常に受けてしまうものが結構あったんですが、東京以外の方にはどうかな?
中には謎の選択肢もありましたが、ギャグなのか?
とりあえず、ワタクシは両方とも合格点だったみたい。
ヨカッタ、ヨカッタ。(←本当に良かったのか?、ぢぶん(汗))

 

 「映画ハゲタカ検定 基礎編」 (←クリックするとジャンプしてページに飛びます)

 

 「映画ハゲタカ検定 基礎編パート2」 (←クリックするとジャンプしてページに飛びます)




さてさて、前フリ長いです。いつものことです。(汗)
本論は…

以下↓の文章には、映画「ハゲタカ」の内容のネタばれが多大に含まれますので、映画を未見の方には、ご注意喚起させていただきます。


今回は、映画「ハゲタカ」の舞台となった場所のお話なんかを。


いや、ワタクシ、かつて二足のわらじの兼業勤め人をやっていた頃、毎日地下鉄東西線の「大手町駅」が、乗り換え駅だったんですな。
毎朝「遅刻~っ!!」と叫びながら大手町の地下通路を走っていた(いや、マジで)
東西線大手町駅地下通路を通って、B8番出口から「日本ビルヂング」の地下ショップ通路を抜け、奥の階段を上がって地上に出ると、そこは…

そこは、常盤橋公園。
道路を渡ったところ、目の前にあります。
そう、映画をご覧になった方ならわかる。
劉一華の、最期の地……


そりゃ驚きますよ!

「オレさまの縄張りの範囲の中で、あんな事件が!!」状態。

だってねぇ、ワタクシの「かつての日常の延長線上」です。

今もたびたび、あの通路は、八重洲側へ抜けるのに使ってるし。

うーむ…

言葉もなかったです。


映画を観てから、もちろん行ってみました。

そいで、クラクラ来ました。

映画「ハゲタカ」が、よりリアルに感じられて。

現実とフィクションが交差する瞬間。

一華も、鷲津さんも、この風景の中に生きている…


常盤橋公園というのは、角のとこに渋沢栄一の銅像がのーんと立っていたりして、東京の街角のフツーの近代的ミニ公園のように見えます。

が、もともと、ここは、江戸時代に「常磐橋門」があった場所です。

現在の道路は、外堀に架かった常盤橋から公園と日本ビルヂングの間を通り抜けているのですが、江戸時代はその隣に現在もひっそりと架かっている旧い常磐橋(漢字違いの別の橋です。)を通っていてそのまま真正面が江戸城だったのです。


↓この正面右奥のガードくぐった先が江戸城です。(現・皇居)

Photo_4



江戸城は当然、徳川将軍家の主要城塞ですから、内堀と外堀に二重に守られ、そこに架けられた橋のところには関所口が置かれ、入ってくる者たちには厳しい検閲がなされていました。

江戸に入るのは、5つの街道。

それぞれに、5つの関門所が設けられ「江戸五口」と呼ばれていました。

そのひとつである「奥州街道」の起点がここ、「常磐橋門」

この「常磐橋門」は、特に、江戸城とその城下である江戸の町との間を分ける最重要門で、言ってみれば、江戸城の正式な「玄関」である正門が「大手門」であるなら、江戸の「勝手口」がここであったと言えます。

つまり、支配階級の武士の表玄関が「大手門」

そして、庶民の町人の裏玄関がこの「常磐橋門」

なので、この橋の江戸の町側正面には、「金座」(江戸時代の貨幣鋳造所)が置かれ、江戸経済の中心を担っており、その流れは明治維新を経てもそのまま受け継がれて、現在は日本銀行本店がその跡地に建って、日本国の経済の中心を担っているというわけです。


↓この向こうが金座(現・日銀)

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そういう過去からの歴史を考えると、この常磐橋(旧い方の橋です)のたもとでひっそりと息を引き取った一華は、庶民の橋を渡って、支配階級の「江戸城」から、町人の「江戸」の町に帰ろうとしたのだけれど、渡り切れずに絶命してしまった、といえる。



あるいはまた、この橋を渡って、近代を通り抜けて現在の「日本銀行」のある地点まで行こうとしたのだけれど、「近代」を渡り切れずに絶命した、ともいえる。


二重の意味で、一華は、この橋を渡れなかったのだ、と。



映画を観たあとは、常磐橋を訪問してもなんともいえず感無量でした。

一華の「魂」や「想い」が漂っているような気がして。

もちろん、ワタクシの「オレさまの日常」との不思議な両立っぷりも、まるで「あれ、夢だったのかな?」状態ですが(笑)



ついでに、土地勘のある身として付け加えるなら、この日本ビルヂングと公園の間を通る道路をガード下をくぐり抜けてそのまま江戸城(現・皇居)側へ進んでいくと、少し歩くうちに道路の右側にある「平将門の首塚」に遭遇します。


将門公はご存知の通り、平安中期に朝廷に謀反を企んで独立国の主になろうとしたということで討伐された、「武士の祖」といわれる人物です。

討死したのち、その首は京都でさらし首となるも、関東をめざして飛翔し、現在の首塚の位置に落下したという伝説があり、この首塚は後世に神田明神に合祀され、関ヶ原の戦いでは戦勝祈願がされたといわれています。

なので、江戸城開城ならび江戸の町建設の折、「江戸の守護神」となった、とされているのです。

そして、東京となった現在でも、将門公は、この町を守護しているのだ、と。

現在も不思議な伝説に彩られたこの首塚に、常磐橋からの帰路も寄ってみました。

折しも首塚の前で、若い女性が一心に読経している場面に遭遇し、その不思議さに心打たれながらも、その後ろで私も手を合わせて、将門公と一華の冥福を祈りました。


願うならば。

この町を、東京を、そして、日本国を、

今後も守護してくださいますように、と。

そして、

おそらく、公の傍らにたどり着いたであろう一華の「魂」を受け取ってやってほしい、と。




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2009年8月26日 (水)

映画「ハゲタカ」DVD化を待ちわびて(その3)~サウンド・トラックを聴きながら

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ついに、東京も最終局面…

あさって、金曜日に渋谷の最後の1館も上映終了となります。

東京では、これで封切館は終了…あとは、名画座系に期待!でしょうか?

(ううう、各劇場にリクエスト・メール出してみようかしらん???ギンレイホールさん、新文芸坐さん、早稲田松竹さん…いかが???)

 

先日、友人のひとりに会いましたら、このあいだ映画「ハゲタカ」を観たよ~!という話で盛り上がりました。

その人はTVドラマ版は観ずにでかけ、そして現在も未見です。

つまりドラマ版とはまったく関わりなく、映画単独で観た人。(ついでにヒルズの会員なので普通に映画ファン)

「で、感想はどう?」

と恐る恐るワタクシは、尋ねたんですが、

「うん、普通に1本の映画として、面白かったよー!!」

との答えが!!!

そして、

「DVDが出たら買う!」

とも。

なんか、嬉しかったです(笑)

 

だからね、普通の映画ファンのためにも、はよDVD出してくだされ~!!

(いや、ワタクシたちが普通の映画ファンではない、と言ってるわけではないんですが(苦笑))

 

 

とにかく6月以来、この3ヶ月、なんとも特別な「夏」を過ごしましたね(いや、今年は気候も特別でしたけどね~いつまでも梅雨…雨が多かったのは一華の涙雨なのか…)

 

この夏はきっと、忘れない。

 

 

さて、今後は、地方のファンの方々がすでにやっておられること、

DVD発売を心待ちにしながら、サントラとドラマ版DVDのヘビーローテーションになっていくのかしらん?

…むむむ、サントラのヘビーローテーションはすでにやっておるわい!…ですが(苦笑)

もう久しく以前から、ドラマ版と映画版のサントラを、ぐ~るぐると聴きまわしてますよ~!(文章書く時は特にぴったり!)

 

「ハゲタカ」のテーマ、いや、映画版の「His ings」のホルン4人衆のうちおふたりは、N響のホルン奏者の勝俣さんと中島さんか、とお見受けいたしましたんですが…、違いますでしょうかね?

この演奏のホルン、美しいです!!

 

ホルンつうと、ワタクシの家では、まずはマーラーで、お次はブラームス先生で、あとはワーグナー、が出てくるんですが(両立しない、とは言わせないぞ!と趣味趣味な家です(汗))

この映画版のサントラのつくりは、ワーグナーの歌劇的!と家の者が言っております。

映画のストーリー自体はイメージがバッハ先生でしたんですがね(犠牲と贖罪の物語って感じで、マタイ受難曲のイメージ)

サントラ単独で聴いておりますと、音楽それ自体がストーリーを追うように作られているので、なんか歌詞のないオペラ(そんなもんありか??)のようだ…と。

これ聴いて、DVDの発売まで待っててね、という感じでしょうか?

いや、確かに、待ってるあいだの慰めには、とてもなっています。

 

ライトモチーフって感じで、たびたび現れる「幻鷹」→「飛べない鳥」

家の者は「トリスタンとイゾルデ!」と言います(笑)

そして、ワタクシは「ダフニスとクロエ!」と言っております(笑)

いや、どっちも、美しい女性(ファム・ファタール=宿命の女)に魅せられた青年が、その女性を得るために「戦い」の場へと身を投じて、女性を巡るライバルと闘う物語です。

…確かに、ライバル同士の鷲津政彦と劉一華の死闘、というのは当たり!ですが。

…「ハゲタカ」には、ふたりが取り合う「宿命の女」は出てこないぞ…

 

いや、もしかして「アカマの赤い自動車」それ自体が、「宿命の女」ってことですかね?

な、なんか、その方が、とても色っぽいなあ…

と、ふと考えるワタクシの思考って、ずいぶん男性的なのかも(爆!)

 

 

いや、好きですよ!

男ふたりで、女ひとりの「愛」を勝ち取ろうとして闘う三角関係の物語は!(女ふたりで男ひとりを取り合うのは、どうも苦手(苦笑))

でも、男ふたりで「もっと抽象的な何か」への「愛」をめぐって闘う物語は、もっと好きかも!!

…と、改めて自分の趣味を検証してしまいました。(大笑)

 

 

と、まあ、いろいろ考えながら、サントラをヘビーローテーションしてます。すでに。

これからどのくらいこの時間が続きますかね~。

早く、DVD出るといいなあ…

 

DVD発売までの待ち時間、楽しく待ってみようと掲示板を作っております。

左サイドバー・トップより入れます。

よろしかったら、書き込みにきてみてくださいね!

 

 

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2009年8月12日 (水)

映画「ハゲタカ」DVD化を待ちわびて(その2)~掲示板から~「西野治と西乃屋についての考察」

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カウントダウンです。

さすがの都内も明日からは上映館が渋谷の1館になり、とうとう上映最終が近づいてきた感じ。

やはり、早くDVDが出て欲しいと、切実になってまいります。

地方の方のお気持ちが、やっと実感になってきました(すみません)

 

希望はですね~、映画版はこのままで早期にDVD化。

そして、TV放映は続編ドラマ版(ハゲタカ・2とか)として、尺の関係でカットされたと思しきシーンなどを足して、前編1時間半、後編1時間半くらいのドラマ版を作って放映、というのが一番の望みです。

(来年の大河ドラマの援護射撃で、12月くらいの放映はどうか?と)

 

でも、当ブログにコメントくださった方のご指摘のように、大友監督ご多忙そうで、いつ編集するんじゃ?という感じでやっぱり無理かな~?

 

ま、とにかく、早くDVD出して下さいませ~(「早期DVD化切望キャンペーン」(笑))

 

 

さて、本論。

先日から当ブログは「掲示板」を設置させていただいておりますんですが、そこでいただいた問題提起、ご意見がとっても面白く、私としても、より深く考えるきっかけになってとてもありがたかったので、このブログの方にもコピペしてご紹介してみようかと思います。

 

映画「ハゲタカ」からはずれ気味のところはカットしてありますが、全文はnyan-chan2222文章事始掲示板」の方にありますので、よろしかったらお訪ね下さい。

なお、常時、ご意見、ご質問歓迎しておりますので、初めての方でもご遠慮なくお書き込みくださいね。

 

 

  ****************

 

8月5日  BB

映画を観て「あれ?」と思ったのが、実業の世界へ帰還した治くんに、鷲津さんがヘルプを要請しに行ったこと。鷲津さんの性格からすると、若い治くんがあの心 臓が高鳴るような駆け引きを懐かしく感じ、ふと戻りたい気持ちが兆さないか、心配しないはずはない。とすると、上客?って一体スタンリー、西乃屋のどういう存在なんだろう?「ああする」ことが治くんにどうプラスなの?(もう戻らないよ、と喫煙室をさがす治くんの表情が語ってた気がしました)
私のアタマでは答えが出ないため、nyanさん見解をご教示下さいm(__)m

 

 

8月5日  nyan-chan2222

西乃屋へ鷲津さんが出向くシーンは、実は映画中で一番私の「萌えツボな鷲津さん」です。
(うわーっ!カッコイイ~!素敵!!と思ってしまうんです(笑)このことについては、またそのうちブログでだらだら語りそうです(苦笑))

確かにおっしゃるように、治がまた「鷲津側の世界」に戻りたくなるようなリスクを考慮しなかったか?というのはありますね。
鷲津さん、年下の者たちには本来とっても優しいですからね。
ご指摘のとおり、そういうことを鷲津さんが心配しないはずないですね。
ひゃーっ!鋭い指摘ですね~!

そうですね~、考えますに、鷲津さんは自分の目で見て、治と初めて西乃屋で出会った時と比較して、大丈夫だと確信得るために西乃屋にわざわざ出向いたかな、と。
どこか外で会うのではなく、西乃屋と治の醸し出す雰囲気を見たくて。

で、治は「禁煙」のことをこぼしながらも、すごく楽しそうだし、すっかり本当の意味で西乃屋を自分のものにしている、自分の血肉にして、そこを自分の本当の居場所にしている、そういうのを鷲津さんは確認できたと思うんです。
だから安心して「手伝ってほしい」と要請できた、と。
(それがね、一華と比べると後から鮮明になってきて泣けるんですけどおっと、これはまた別の話ですね)

で、「西乃屋」そのものですが、これはちょっと特別なポジションの老舗旅館だったのではないかと私は想像しています。
過去ブログでも書いたんですが(西野治の物語上~下)治のお祖父さんはちょっと特別な人だったっぽいので、政界・財界とつながっていて、そういう世界の仲介をやっていたような人物だったのではないか?と想像してるんですよね。
ええと、箱根の冨士屋ホテルとかそういう感じのをちょっと想像していて、終戦後はGHQとつながっていたりとか。

お祖父さんが病気になったあと、あのお父さんじゃそういう人脈を生かす才能がなくて、旅館は没落していたけど、治にはそういう才能があった(飯島さんもあっさり味方につけていたし)
だから治があんなに短期間で巨大IT企業の社長に成り上がることもできたのではないかな~?と思ってるんです。


で、治はそういう才能と人脈を生かしてアメリカの投資銀行なんかにも深いつながりがあった、と思います。
2000年前後におこった「エンロン事件」でもわかるようにIT企業と証券化というのは切っても切れない関係で進化してきてますから。
また、アメリカも政界(ワシントン)と財界(ウォール・ストリート)が深く関係していますから、GHQの頃からの古い関係のある旅館のオーナーというのはやはり特別なポジションで信用を勝ち得ているだろう、と。

(中略)

「ハゲタカ」世界でも、連邦政府の財務省高官が日本への赴任経験者である可能性は高く、西乃屋はそういう意味でも、このまま日本とアメリカの政界・財界と縁の深い「特別な旅館」として、今後も治が才能を発揮していくのに十分な場所だと私は思っています。

 

8月8日  BB

いつもながら、丁寧なお返事をありがとうございます。
「大丈夫と確信するために」ああ!何でわからなかったんだろう・・・そう、見に来たんですよね。
老舗旅館が稼動しているその雰囲気や、鷲津さんの目で見てわかるたくさんの事。そしてその中に主としている治くんを。
また、ずかずかやって来ないんですよね(^^
nyan
さんが仰るとおり素敵です!

治が才能を発揮していくには充分な場所。
単に「立派な伝統ある宿」じゃないのですね。
「西野治の物語」改めて読ませて貰います。
(中略)

ひとつだけ、治くんの身辺からスタンリーをべりべり、と剥がす目的もあったのかなあ、と感じたのですが・・・ 「上客」という言葉に引っ掛けられてるだけかもしれませんが(・・;

 

 

8月9日  nyan-chan2222

そうなんです。鷲津さんって、肝心な話になると「自分の目」で必ず確認にいくな・・・って。
ドラマ版のときも、今回の映画版のときも。

おっしゃるとおり「ずかずかやって来ない」って、そうですよね!
車から降りて、ちょっとふたりの間に躊躇いのような相手を測るような、なんともいえない「間合い」があるところとか、すごい好きな描写です。

「治くんの身辺からスタンリーをべりべり、と剥がす目的」
というのは、確かにそうですね!!
スタンリー社は「本物のハゲタカ」と鷲津さんがきっぱり断言している「良からぬ会社」ですからね。
そういうのとはきっぱり縁を切らせて、ついでにスタンリー社(と、そういうたぐいの存在)に最後通牒突きつける目的もありそうです。

ああ、そういえば、西乃屋は「純和風な旅館」ですから、これもアカマ同様に「日本の象徴のひとつ」と考えると、アメリカを蝕み、全世界を蝕みつつある、問題ある金融資本主義の象徴としてのスタンリー社と縁を切るというのは大事なことかも。

鷲津さんの今回の行動は、オモテではアカマの再建ため、ウラでは西乃屋が二度と狙われないように、って感じのふたつの隠密行かもしれませんね!
どちらも日本を再建するため、って感じで。
わ~っ!すごいです!!
BBさまに指摘されて今初めて気がつきました!!
ありがとうございます!
やっぱり「ハゲタカ」って奥が深い・・・
(中略)

西乃屋自体は日本の財界・政界とは深く関わっていそうだから、日本国内だけでも治の才能を生かす場として十分だと思います。
今後も鷲津さんや芝野さんの必要な場面では、力を貸すのではないでしょうか。

 

 

 

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2009年8月 3日 (月)

映画「ハゲタカ」DVD化を待ちわびて(その1)~nyan-chan2222の役に立たない中国語講座  

Hagetaka_ban_l


お久しぶりです!

ちょっとだけ、潜っていた地下から浮上してまいりましたよ。

ブログは8月末までお休みして…のつもりだったんですけどね~、なんかスキをぬって更新している始末。

(他にやることあるのに、なにやってんだか~…(冷汗))

 

 

それというのも、やはり映画「ハゲタカ」の上映が終わってきて淋しいから、なんですよね~。

いや正確に言うと、実は東京はまだ3館ほどやっている。

そして、ワタクシもまだ映画「ハゲタカ」通いを続けている…のですが。

ごめんなさい、東京以外在住の熱狂的な「ハゲタカ」ファンのみなさま!

すでに上映が終わってしまった地域では、これからDVDの発売まで(もしくはTVの放映の方が先でしょうか?とにかくそれまで)どうやってしのごうか、みなさま苦しんでらっしゃるご様子。

そして、ワタクシの休眠中のブログにも時々チェックに訪れてくださる方々がいて、なんだか申し訳ないような…

 

ワタクシ、今は東京に住む特権を享受していますが、明日は我が身です。

早晩、DVDを待ち焦がれ、待ちわびることになる身。

これはもう、是非早いところDVDを出して下さいよ!と思います。

NHKさん、東宝さん、お願いいたします!!

 

劇場上映中が続いているうちは、まだ無理ですか?

いや、東京の上映館の方は、ドラマ版との抱き合わせ上映でいいですから!

ドラマ版プラス映画版で。

毎週末これやったら、きっと通う廃人のみなさまが続出するのでは??

やりすぎですか??(笑)

 

 

当ブログは、これから時々この「早期DVD化切望キャンペーン」をやっていこうかと思ってます(笑)

ああ、2007年の「廃人ブログ」の復活のやうだ…(冷汗)

ドラマ版の時はしつこく、しつこ~く、やりすぎたので、映画版ではあまり騒がないようにしようと大人しくしていたのですが。

でもここにきて結構かなり切実なので、やはり少~しだけ騒ごうかな~、と。

ブログで騒げば、少しは考慮していただけるのは、これまでさんざん目にしてきたこと。

なので、ここに伏してお願い申し上げてみようかと思い、のこのこ更新に出てきたのであります。

 

 

ついでに、すこしマニアックでトリビアなことも書いていきます(大笑)

 

 

 

あれから何年になりますかね…(←笑)

もう10年以上も前のこと。

当時、私は中国語をちょっとだけ習っていました。

といっても、正式に体系的に語学として習ったんではなくて、知人に中国の人が何人かいたので、日常会話の基礎くらい教えてもらおうかな~という、かなりお気軽な話だったんですが。

 

私の先生は、日本の大学院に通う北京生まれの北京育ちの北京っ子だったので、当然、習ったのも北京語=ほぼ標準中国語(中国では普通話といいます)

当時はまだ、日本人が実用日常会話で習うといったら、上海や香港でビジネス使用するための上海語か広東語の方が多かったのですが(今では上海や香港でも普通話でいいようです)

 

北京っ子のK先生がある日言うには、

「私は上海は嫌いです。言葉が全然通じないから。

上海人は学校で普通話を習っているから私のしゃべる北京語がわかるけど、こっちは上海語を習う機会はないから何言われているかわかんない。

私は日本語がわかるから、東京の方が気楽です。何か言われていても、意味がわかるから」

それを聞いて私はびっくり。

「えーっ!同じ国内なのに、通じないんですか?!」

 

中国ではもともと、おおざっぱにわけて7つの地方言語(7大方言)があって、別の発音、語彙、文法をもっています。

共通なのは表記法に漢字を用いるため、それぞれ違う地方言語どうしでは筆談すれば通じるのだけど、しゃべると全然何言ってるのかわからない!という状態だとか。

 

普通話(標準中国語)のもとになったのは北方語(北京語が含まれる)で、これを使用している人口は8億人以上で一番多いのですが、呉語(上海語が含まれる)だって7000万人以上が使用している言語で、普通なら大きな国並みの人口なのです。

なんともスケール感が全然違うので、日本に住む身としては呆然とする話なんですが(笑)

 

日本は明治時代の早いころに標準語を作って早いところ言語統一をしてしまったから、それが当たり前と思っているけれど、アジアの他の国は国内統一言語を作る、普及させるのに苦労しているところは多いです。

中国もあんなに大きな国ですから、国土の広さや人口の多さも考慮すると、当然統一はすごく大変だったわけです。

1982年に初めて憲法で統一国語としての普通話中国語が公用語指定された、と資料にはあります。

標準語教育の徹底は本当に近年のことです。

ここ20年くらい、その徹底に尽力して、若い世代中心に国民の7~8割くらいが普通話を使えるそうです。

いまでは北方語圏以外の地方では、人々はバイリンガルになってきているわけです。

 

 

 

さて、ここからが映画「ハゲタカ」話です。

(あいかわらず前フリが長いなあ(笑)すいません)

 

 

劉一華は湖南省の出身。

湖南省で話されているのは、7大方言のひとつの「湘語」ですから、彼の本当の母国語は映画の中では一度も話されていませんが、この言葉になります。

ただ、彼は11歳で日本にきてしまう。

1980年代の後半ごろ。

10代の思春期の頃はたぶん日本語を学んで使いこなして、日本に溶け込もうと必死になっていたはず。

しかし、その後新天地を求めてさらにアメリカに渡り英語を身につける。

さらにビジネスの世界で必要だから今度は普通話=標準中国語=マンダリン(世界中で中国語として認識されている言語をさす)を学び直すということもやったはず。

 

かなり複雑な(もしかして混乱した)言語経歴です。

彼の複雑なキャラクターを根底で構成している一番重要な要素なのかも。

 

 

一華にとっては実は映画中で話しているマンダリン(標準中国語=普通話)はあくまで仕事のために後から身に着けた言語です。

母国語の湘語については、自分を偽っていたので、おそらく来日後は真実の暴露を恐れて湖南省の出身者とは距離をおいて近づかないようにしていただろうと思われます。

いっしょに来日したはずの父親の消息は映画中では語られていないから、なんとなく来日後のどこかの時点で亡くなった可能性が高そうです。(あるいは一華を置いて失踪したとかか)

なので、長いこと湘語は使用していないのではないか、と。

それでなくともこどもの時しか使っていない言葉では、語彙も限られ自己表現するためには未熟すぎますし。

 

そんなわけで、一華が一番リラックスして普通に会話出来たのは10代の時に使っていた日本語だった可能性が高いのです。

たぶん鷲津と話していた時、そして守山と話していた時、の一華が一番「素の自分」に近い。

でも、周囲から見たらそんなことはわからない。

あくまで中国系ビジネスマンというスタンスをとっているから。

そこに一華の「孤独」と「他人とは分かり合えない」という絶望がある。

彼が鷲津に拒絶されたと思って怒りを募らせた時、そして自分の成功のために守山を切り捨てた時、それぞれの絶望の深さを思うと泣けてくるのです。

 

 

そして一華役に中国人俳優を配せず、玉山さんでやったことがすごく相乗効果になっていて、一華の得体の知れなさと同時に、どこにも所属していない漂泊の孤独感が絶妙にでていると思われます。

このキャスティングはイチかバチかの賭けのようなものだったかと思うのですが、いわゆる「神」!のキャスティングだったのでは?

ううむ、凄いです…

 

 

DVDが出たら、みなさま是非その辺もアタマのすみに置いて、観てみてくださいね!

 

 

ああ、早よ、DVDだしてくだされー!と叫んで、nyan-chan2222の役に立たない中国語講座(どこが?(大笑))を終わりにいたします。

 

 

 

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2009年7月15日 (水)

コーヒーブレーク~お知らせと来年の大河ドラマ(改)

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当ブログは現在、映画版「ハゲタカ」の私的感想(レヴューもどき)を掲載トップにしております。

Vol.1~7まであります。

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また、当ブログの過去記事で2007年にほぼ1年間かけて、ドラマ版「ハゲタカ」についてもつらつらと書いておりますので、ご興味を持っていただけたら、過去記事もご覧になってくださいませ。

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当ブログ、記事へのトラックバックならびにコメントは、現在、受け付け停止させていただきました。

過去記事は閲覧のみにさせていただいております。

 

ただ、当ブログはあまりにも更新速度が遅いため(ひどい時は2~3カ月も間があいてしまって恐縮です(汗))、常々どうしたものかと思っておりましたんですが、素敵なコメントをくださる方のお話もお聞きしてみたいし…というわけで、昨年一時的に設置してみた「掲示板」を、これから1年間常設してみようか、と思いまして、「掲示板」を設置してみました。


nyan-chan2222の文章事始掲示板

右サイドバー、トップに常設いたしますので、よろしかったら何か書いていってくださいませ。

画像も貼れます。

EmailやHomePageアドレスなしでも書き込みできますので、お気軽にどうぞ。

 

(いまのところは「迷惑書き込み対策」はしていませんが、もし何か問題が発生したら、「パスワード制」にするなり、また当ブログ上でお知らせいたしますね!!)

 

 

 

あいかわらず、週末の映画「ハゲタカ」通いは、実行しております。

なんか、何度観てもまーったく!飽きないんですけど~!!(笑)

関東以外ではあさってで上映終了がほとんど、とか。

東京在住のラッキーを噛みしめております。

関東地方は、はや梅雨あけです。ひじょうに暑いです(汗)

でも負けずに今週末も行けるといいな♪

 

 

そして、昨日はとっても嬉しいNHKさんからの「お知らせ」も!!

来年の大河ドラマは、大友監督のメインディレクターで作られる、ということで、と~っても楽しみにしていたんですが、その「龍馬伝」に大森南朋さんが出演されることが決定した、とか!!

いや、実は諦めていたんです。

大森さんのご出演は、やっぱり無理かな…と(何の根拠もないんですが、期待しすぎると落胆も激しいので(苦笑))

武市半平太役、とか。

 

私はこれまで「幕末」というのはほとんど興味のない時代だったせいで、あまり知識がないのですが、尊王攘夷の暗殺部隊の親玉だった方かしらん???

(あああ、まつがった認識だったら、ごめんなさい~~!!(冷汗))

ある意味、武市半平太という人も「苛烈」に日本への「愛」を捧げた人物だった、と思っていますので(その方法の善悪はおいとくとしても)、果たして大森さんがどんな役作りをされるのか、もの凄―っく!!興味があります!!!

 

しかも、音楽が佐藤直紀さんなんですね~!!!

これがまた、もの凄~い楽しみになっております!

ああ、これでNHKホールでの演奏会も、いよいよ夢でなくなってきたか!と勝手に小躍りしてます。気が早いです(笑)

 

 

そういうわけで、いろいろと期待に満ちております。

みなさまも期待いっぱいの方、たくさんいらっしゃいますよね?!

よろしかったら、「掲示板」の方に書き込んでいってくださいませ♪

もちろん、「ハゲタカ」ネタも大歓迎!!

 

では、では、しばらくブログの方は小休止でございます。

(いつもの地下に潜る期間(笑))

また、秋口にお会いできるといいですね!!

 

 

 

 

 

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2009年7月 6日 (月)

映画「ハゲタカ」 Vol.7

Hagetaka_ban_l



5週目です。

地方はそろそろ上映終了とか。

でも、東京23区内繁華街の映画館の週末は、まだまだたくさん入ってます。

私が週末行った時も、ほぼ満席でした(ぽつぽつしか空席なし)

雰囲気でかなりリピーター率高し、とみました。

今後も都内のどこかでやっていたら、足を運ぶ人多いと思います。

 

そして、こうなってくると欲も出てきます(笑)

週末に、ドラマ版全6話プラス映画版上映、などという企画モノをやる映画館が出てきてもいいんじゃないでしょうか?

オールナイト込みで日に2回くらいしか上映できないかも、ですが。

でも、入場料設定が高めでもきっと来る人はいるぞ!とみました(かくいうワタクシも!(大笑))

東宝さん、NHKさん、映画館のみなさま、ご考慮お願いします!!

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

2008年、秋。

「今回の金融危機はすべて、青い眼で白い肌のCEOたちに責任がある!」

と過激な発言をしたのは、ブラジルのルラ・ダ・シルバ大統領。

たしか、金融危機対応のためにG8じゃ間に合わん、ということで新興国も入ったG20金融サミットが開かれた11月15日前後のことだったと思います。

ルラ大統領のこの発言は「人種差別的」と逆差別レッテルを貼られてしまい、彼は早々に謝罪するはめに陥ったのですが、

「新興国ならびに開発途上国が、先進諸国に対して、猛烈に怒っている」

ということがはっきり示された機会でもありました。

 

 

いまや、開発途上国と先進諸国のあいだに大きな断絶が横たわっているのは明白です。

先進諸国がこれまでやりたい放題をしてきて、その「欲望」がついには危機的状況を呼びこんで、世界的な金融メルトダウンの淵まできた。

だが、いったん危機が始まれば、一番弱い部分にその「負荷」が強烈にかかってくるのが、「グローバリズム」で結ばれた現在の世界。

世界的不況が始まって、飢餓線上に陥る可能性も出てきた開発途上国の人々。

彼らが「もはや泣き寝入りする気は全然ない」と猛烈に主張し始めた。

 

言ってみれば、貧困から抜け出すために、

「その車に乗せてくれ」

と言い始めたこと。

でも、間違った車に乗り込もうとしていたら、どうするのか?

あるいは、車は正しくても、その車を作る方法が間違っていたら?

売る方法が間違っていたら?

 

先をゆく者たちが、自分たちの失敗を、あとから来る者たちに伝えられない。

彼らが選び間違えていても、そのことを彼らに伝える機会がない。

たとえ世界中に公害に苦しむ都市が生まれ、貧困のスラムが生まれ、絶望的な格差社会が生まれても…

その「絶望的な分断」が、現在の世界を支配している。

 

 

ルラ大統領、あなたは概ね正しい。

ただ、「青い眼で、白い肌のCEOたち」だけではない。

その責任は「黒い眼で、黄色い肌の社長たち会長たち」にもあるのだ。

そんな風に、私は思いますが。

 

 

 

日本はかつて第二次世界大戦で無謀な戦いをして、主要都市を「焼け野原」にするという愚行のすえ、敗戦。

戦後の復興はもう二度と戦争をしない、というところから始まった。

「けして人を殺さないで強くなること」

それはつまり、

「戦争をしないで経済的に繁栄すること」

日本の一大テーマだった。

そのポリシーに従って、日本は今日までやってきたわけです。

そして、世界2位の経済大国、先進諸国の一員となった。

 

 

確かにこれまでのところ、日本は国内をふたたび「焼け野原」にしないですんでいる、幸いにも。

でも、一旦、日本国外に目を転ずれば、実は「焼け野原」は世界の隅々に出現している。

 

 

よく知られていることですが、アメリカが開発し、グローバリズム推進の道具としてきた「金融工学」は、実は「東西冷戦の兵器」のなれの果てです。

アメリカがソ連と「冷戦」を戦ってきた時代。

戦争(特に核戦争)のためのシュミレーションをやるために、大量の数学やらシステムやらが動員され、人的にも財政的にもたいへんな資源・資金の投入をおこなってきたわけです。

 

ところがソ連が崩壊、ロシアも東ヨーロッパも共産主義を捨て去って、資本主義陣営に参入してきた。

もはや冷戦シュミレーションは無用の長物。

なのに、人間も組織も大量に存在している。

そこで、金融界に転じて、軍事の民生転用をすることにする。

そして誕生したのが「金融工学」

 

その「金融工学」が生み出した「証券化」の魔法が、アメリカを並ぶもののない世界ただひとつの「超大国」にしたわけですが、同時に、それは一種の砂上の楼閣、ひとたびバブルがはじけ飛んだら…

世界を巻き込んでたいへんなことになっているのが、現在。

やはり、これは「兵器」なのですから。

富を収奪する兵器。

疑いもなく、

世界に「絶対的貧困」という「焼け野原」を出現させてきた兵器。

 

 

その「金融工学」に力を貸してきた日本が、「責任ない」とは絶対に言えない。

それを日本経済の「罪」というか。

あるいは、先進諸国の「罪」というか。

その「罪」から、目を背けることはできない。

 

 

 

鷲津政彦の壮絶な人生に、またひとつ付け加わってしまった、と人は言うでしょうか。

鷲津さんファンとしてはその痛ましさに胸が詰まりますが…

 

 

しかし、彼は絶対に目を背けない。

だから、映画ラスト、劉一華の故郷に見届けに行く。

ふつう、日本人なら見たくないもの、知りたくないもの、

自分たちが作り出した「焼け野原」を。

 

 

ひとり、荒野に立つ鷲津の眼に映ったものは何だったのか。

 

 

過去、無謀な戦争をして焼け野原になった日本国だったのか。

あるいは、現在、世界中に存在する、絶対的貧困の焼け野原だったのか…

しかし、未来。

ふたたび日本が「焼け野原」になることはないと、いったい誰に言えるだろうか…?

 

 

 

なにも日本国の外だけではなく、国内だって同様なのです。

 

「ハゲタカ」ドラマ版ではラスト、熟練工の加藤と協力して新会社を立ち上げるのに、映画版の中で、鷲津や芝野はついに派遣工の守山に直接会う機会はない。

それどころか、守山は加藤にあたる人物に出会うことさえできない。

「部品」として消耗され、同じ国に生きていながら、まるで存在しないかのような扱われ方をする存在。

本当は加藤のような人たちの「後継者」にならなければならないはずなのに。

そんな状況で「日本の本業はモノ作り」と言ってみても、虚しいだけ。

はっきり言って、これはもの凄くマズイ状況です。

 

映画「ハゲタカ」では、守山の最後は「アカマの赤い車」に乗って何処ともなく去っていきますが、これは守山が劉の「願い」を受け取って新しいスタートを切った、と解釈していいものか。

それとも「日本人の夢と希望の象徴だった赤い車」はその後継者となるべきだった青年とともに、何処かへまぎれて消えていってしまった、と解釈していいものか。

 

私には、今は、決めかねます。

はっきり言って、楽観的と悲観的、天と地ほども違う解釈ですが。

 

 

 

映画「ハゲタカ」公開の少し前。

カントクだったかプロデューサーだったか、制作された方が、

「安易な解決は描けない。現実が厳しい状況だから。でもその中で観終わって元気になるものを」

というような内容のことを言っておられたかと記憶しています。

 

経済的に厳しいということだけじゃなく、分断されて、けして交わらない状況が厳しい。

永遠の断絶感。

国内でも国外でも、それが溢れている状況が厳しい。

この映画をラストまで観て、そう思います。

回数を重ねて観るほどに、本当に思います。

なんとか、この状況の「ブレーク・スルー」を見つけ出せないものかと、切実に思います。

おそらく、映画の制作者さまたちもそう思っておられるのだと痛いほどわかります。

 

そして、

映画の中の鷲津も。芝野も。

きっと。

芝野に言わせてますよね。

「このまま終わってたまるか。まだまだこの国は捨てたもんじゃない」

 

 

 

だから、もう1本作ってください!!

この映画「ハゲタカ」の続きを。

また数年後に。

 

 

鷲津が見つめている先が観たいから。

どんな厳しい未来でも、きっと彼は眼を背けない。

きっと彼は立ち向かっていく。

新しい方法を見つけ出していく。

 

そして。

 

彼の行く道は、私たちの行く道。




 

 

 

 

 

 

 

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2009年7月 5日 (日)

コーヒーブレーク~映画「ハゲタカ」音楽雑感

今回、映画が公開されて初見の時、私の身内では

「今回の映画のイメージは「ヨハネ受難曲」だね~」

という見解で一致していたんですが、これ、言わずと知れたバッハ先生の名曲。

アメリカではかの9・11のおり、この曲が脳裏をよぎったという人、多数だったそうで…

 

 

昨日、例によって週末の「ハゲタカ」鑑賞に出かけたんですが、やっぱり頭の中をよぎったのはバッハ先生。

サウンドトラックを作られた佐藤さんのストーリー性のある音楽が、イエス・キリストの受難の物語をイメージさせるんですよね、私には。

 

2年前ドラマ版を観た時も、とても「マタイ受難曲」のイメージだな~と思ったものですが、昨日は特にスタンリー社とアカマの株式暴落のシーンの女声ソロが、

「おお、これ、マタイのアリア第39曲のイメージだぜ」

と思い、家にかえってからDVDとスコアを引っ張り出して検証。

歌詞を確認したりしてました。

以下、ちょっと書いておきます。

 

 

 

(カール・リヒター版「マタイ受難曲」 第39曲字幕)

憐みたまえ わが神よ

滴り落ちる  わが涙のゆえに

憐みたまえ わが神よ

 

ここを ごらん下さい

心も目も

あなたの御前で 激しく泣いています

憐れみたまえ!

 

 

 

そうか、鷲津さん、本当は泣いていたのか…とか思ったり…

 

 

ついでに、「マタイ」のコラールの中で一番私の好きな、第62曲の歌詞も確認しましたので、書いておきます。

 


(同じく、カール・リヒター版「マタイ受難曲」 第62曲字幕)

いつの日か 私が去り逝く時

私から離れないで下さい

私が死に直面する時

あなたは 私の盾となって下さい

恐怖と不安の闇が

私の心を覆う時

私を恐ろしき淵より救い出して下さい

あなたが先駆けて味わった不安と苦痛の力によって!

 

 

 

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2009年7月 1日 (水)

映画「ハゲタカ」 Vol.6

Hagetaka_ban_l



週末、もちろん行きました!

4回目です。(まだまだ未熟(笑))

すでに週末の生活の一部に組み込まれつつありますよ、「ハゲタカ」鑑賞(笑)

例によって23区内繁華街の映画館で、客席は満席御礼でした!!

こんな週末が少しでも長く続くといいな。

東宝さん&映画館のみなさま、よろしくご配慮お願いいたします!

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

鷲津政彦がいつから「決意」を固めていたものか…

 

 

「鷲津は映画のはじまりでは、日本を捨て、外国に去っている―。」

映画の内容が少しずつ報道され始めて、この設定を聞いて少なからず驚いたのは私だけではないはず。

ただ、現実の日本の状況を考えれば、それもむべなるかな。

ドラマ版の最終回時点の2004年からの4年間。

日本の歩んでしまった方向は、この感想文(?)でも書いてきたような状況で、けして鷲津や芝野が望んだようなものでなかったことは、明白です。

まさに「こんな国に誰がした」状態。

 

こんな日本で孤軍奮闘していたのだろうけど、理解されず、裁判にも負け、日本を後にした…。

鷲津の苦い選択が目に浮かぶようです。

それでも脳裏から日本のことが離れることもできず、うっ屈して昼間からアルコールの日々。

これまた、目に浮かぶようです。

でも、「捨てた」と言いつつも、きっといつも心は日本のことを心配して…

ああ、まったく!くっきりと目に浮かぶようですよ、鷲津さん!!(笑)

 

 

そんな鷲津を探しあてて、日本への帰還、現場への復帰を要請するのは、例によって芝野です。

芝野さんの姿を見て、「こんなとこまで追っかけてきて、くそーっ!」という気持ちと、一種の「安堵感」が交錯したんだろうな…

しかも芝野さんは「こんな腐ったマーケットを作ってきたのは俺達なんじゃないか」とか挑発的に言っちゃうし。

さぞや葛藤しただろう、鷲津さん…と観ていて苦笑いのワタクシでしたよ。

 

 

芝野という人は、ドラマ版で語られたように、「日本のバブルの時代(80年代末~90年代初め)」と「その後の失われた10年(92年ごろ~2000年代の初め)」の「責任」を我が身のこととして引き受けて、そのための「贖罪」として「企業再生家」になる道を選んだような人物です。

だから芝野には、この時の鷲津の気持ちがとてもよくわかったのだと思うのです。

 

「失われた10年」のあとに、日本を改革するといって始まった次の10年(2000年くらい~2008年)について、この「改革」が結局失敗して、全然望んでいない方向に行ってしまったことを、鷲津はきっと強く「自分の責任」として意識していただろう、ってこと。

 

鷲津はアメリカという「外圧」を使って、日本の腐った部分を大改革しようとしたのだけれど、肝心のアメリカが腐ってしまってバブルに踊ってしまい、日本の腐った層と結託して、世界中に問題をバラまいてしまった。

いまや日本とアメリカの辿った間違いが、「グローバリズム」の名のもと、世界を間違った方向に導いていこうとしている。

鷲津はそれを見つめながら、そのアメリカを率先して持ち込んだ「自分自身」に対して、内心、忸怩たるものがあったと思うのです。

それは、自分の「責任」だ、と。

 

 

鷲津はその「責任」をとるために、ついに日本に戻ってくることを選びます。

たぶん、その時点でいずれ「大ナタを振るう」ことになる可能性を、予感して。

そして、その「決意」が固まったのは、劉一華の会見をTVで見たので。

この会見で劉は「アカマ自動車の現状維持」を約束しています。

鷲津にとっては「現状維持」など、もってのほか。

 

その瞬間。

劉は鷲津にとって

「敵対する者」

のポジションになってしまった…

 

 

ホテルのレストランで待ち伏せ、劉の真意をさぐろうとした時も、鷲津にとって劉は自分と敵対する者。

ただの「成功の野心に燃える若者」に見える。

だから言い放ってしまったのでしょう。

「おまえに何がわかる」

と。

 

 

 

鷲津の、日本への秘められた「愛」は苛烈です。

もうそれは、ドラマ版の時から本当に首尾一貫しています。

いずれ日本のためになるとわかったら、どんな手段でも強行してバッサリと切りつける。

そして、返り血を浴びて、自分がどんなに「穢れた者」になり果てようとも、それを厭わない。

 

三島社長を死に追いやって後悔に暮れたその時から、もう決して同じ轍は踏むまいと決めているから。

自分の本意ではないことをやって後悔するなら、どんなことになっても、自分の本意を通そうと決めているから。

 

今回もたぶんアカマ自動車を「お引き受けしましょう」と答えた時点で、鷲津にはすでにその覚悟ができている。

この時点でアカマと日本、そしてアメリカをひっくり返して、バッサリとやる覚悟。

そして、漠然とではあるけれどその覚悟を感じている芝野。

 

 

 

かくして、鷲津はすべての手を読んで、自分の布石を打っていくわけなのですが…

どうしても、読めなかった「想定外」の事実が出てきてしまう。

 

 

劉一華の「赤い自動車」…

 

 

その写真を困惑したように見つめる鷲津の目が印象的です。

「敵対する者」のポジションにいたはずの若者。

その劉の、同じように秘められた「想い」

 

どうしても確認しないではいられなくなって、駐車場で問い詰めます。

「おまえは、誰なんだ」

と。

でも、答えはない。

 

 

これから自分がしようとしている凶行を自覚しつつ、鷲津の心に迷いはなかったのか、どうか…

だが、もはや選んでしまった。

鷲津も劉も、ふたりとも。

賽は投げられた。

 

 

 

中国(CLIC)を道連れに、アメリカ(スタンリー社)と日本(アカマ自動車)に容赦なく斬りかかる鷲津。

スタンリー株を

「売って、売って、売りまくれーっ!」

と徹底的に命ずる姿はまさに鬼神のごとし。

あまりにも歪んでしまった「グローバリズム」を正すために、いずれ誰かがやらなくてはならなかったこと、であろうけれど。

それを一身に引き受けた鷲津の血まみれの姿は、神か、悪魔か。

 

破壊者か、と。

 

 

 

そして得た勝利は完璧。

CLICならびにブルーウォール社は撤退。

スタンリー社は崩壊。

アカマは刷新。

当初の鷲津の「決意」のとおり、遂行された「大ナタ」

ついに、日本も、アメリカも、とりまく世界も、新たな段階に足を踏み出さざるを得ない。

 

 

しかし、鷲津の心は晴れない。

最後まで読めなかった「想定外」

本当のところは、どうだったのか?

劉一華の秘められた望み。

あるいは、そういった「真相」は最後までわからないまま、なのかもしれない。

ふつうなら。

 

 

だが、運命は残酷なことをする。

死にゆく劉の伝言を、鷲津に伝えたのだ。

出ることのできなかった携帯電話の「伝言」として。

「乗せてくれよ、その車に」

と。

 

鷲津はそれに言葉を返してやることはできない。

それは「過去」の声だから。

やっと劉の本当の「願い」を聞くことができたのに。

鷲津がそれを聞き届けた時点では、

すでに失われてしまった、劉の孤独な、命…

 

 

 

この映画を初めて観たおり、

私にはこの映画が「終わっていない!」ような気がして仕方なったのは、このブログにも書いたとおりです。

あとで何故かと考えてみれば、ドラマ版と比べてみれば明白なんですよね。

 

ドラマ版は鷲津が芝野に対して

「あなたは私だ」

と言い、最初否定されても、紆余曲折あって、芝野から

「俺はおまえだ」

という言葉を最終的にはもらうことができる。

 

でも、映画版では、

「俺はあんただ」

と言った劉に対して、鷲津はついに言葉を返してやることはできない。

 

失われた言葉。

届かなかったコミュニケーション。

 

その永遠の断絶感が観た者の心にぐさり!とくるし、いつまでもひっかかる、わけです。

ドラマ版を詳細に観ていて、内容を憶えていればいるほど、なんだか中途半端に投げ出されたような気がしてしまうのではないでしょうか。

 

 

まるで完璧なドラマ版の「完成した形」を打ち砕いてしまうかのような、こんな形にしたのは何故なのか?

もっとそつなく、終わらせることもできたのに。

何故に…?

私なりに、その理由を考えてみたのですが…

 

 


以下、続きます。

(うわっ、申し訳ない、あと少しです~)

 

 

 

 

 

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2009年6月25日 (木)

映画「ハゲタカ」 Vol.5

Hagetaka_ban_l



また、週末が近づいてまいりました…

ええ、当然行きます。

またこの映画を観に行きますよ、ワタクシは。

こうなったら、見届けますとも。

「ハゲタカ」廃人の焼け野原を…

 

って、違うからっ!!!

「焼け野原」にしてどうする!

…と自分につっこんでおりますが(藁)

 

そして、やらねばならないこと山積み状態を横目に、またまたこ~んな文章を書いてます(冷汗)

で、でも、もうちょっとだけ書き進めておきたい…

よろしかったら、お付き合いくださいね!

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

アカマ自動車。

それはたぶんラストチャンス。

劉一華にとって。

彼が日本に、自分の「居場所」を作る、最後の機会だったのではないか?

 

 

もちろん、「こどもの頃憧れた赤い車」の会社ですから。

きっと特別だったでしょう。

彼は最初の記者会見できっぱり言ってるんです。

「アカマを、日本を、救いたい」

って。

 

でも初見の折、ワタクシすっかり身構えていて、古谷社長以下アカマの社員の目線で劉を観てしまっておりましたから、とにかく信じてなかったんですよね。

彼の言葉を。

まあ、「買収」しようといって乗り込んできたわけですが。

挑戦されたと受け取ってしまって、必要以上に自己防衛的になるのは、日本人の悪い癖ですね。

でもあとから見直すと、この最初の記者会見は、彼の本音がストレートにでています。

劉は言います。

日本から学んで、ともに成長したい、と。

 

 

劉がどうして守山を「見つけた」のか…

缶コーヒーを渡して話しかけるところから始まって、どんどん積極的に守山に近づく劉は、なんとも馴れ馴れしいというか、訳わからないというか、最初観ている私も???でした。

 

でも。

守山を初めて見たとき、これは自分だったかも、と思ったのではないか。

自分がアメリカに渡らず、もし日本に残っていたら。

劉一華ではなく、佐藤として生きていくことを選んでいたら。

たぶんこの「憧れの赤い車を作る会社」で働くためには、派遣工として勤務するくらいしか他に選択肢がなかっただろう、と。

 

彼の孤独が透けて見えます。

「雨は嫌だなあ…」とつぶやく時。

守山に、なぜアカマで働くのか、と問いかける時。

夢かうつつか、こどもの頃見かけた「赤い車」を語る時。

何者でもなかった出生。

彼の喪われた少年時代。

欲しかった仲間。

アカマに関わることで、今度こそ得られるのではないか。

そんな「望み」を無意識に抱いていたのではないのか。

 

最初距離をおいていた守山が、少しずつ心を開いてくれて、派遣工の扱われ方や待遇についての自分の気持ちを話してくれた時。

もしかしたら集会の計画を聞かされていた時。

劉はきっと嬉しかっただろうな、と思うのです。

 

だから、最初から守山を利用しようとしたわけではなく、自分のポジションを使って、三島由香や古谷社長に告発することで、守山たちの待遇が改善されて、なおかつ自分にとっても利益になる。

それはきっといずれ会社にとっても利益になっていくだろう。

そういう「みんなにとって、利益のある構図」を頭に描いていたのではないか、とも思うのです。

 

 

でも彼は、選び間違えた。

 

 

日本は「出るクイの打たれる社会」

「信念のある奴はめんどう」と言われてしまう社会。

目の前で古谷社長にきっぱり「リーダー(守山)はダメだ」と決められてしまった時。

はっとして、何か言いたげだった劉。

しかし、彼はそれ以上、そのことを追及することをやめてしまった。

 

そして手切れ金を渡して、守山を切り捨てた。

守山のような存在を切り捨てたこと、

それは、自分の中の佐藤を切り捨てたこと。

一方ではスタンリー社のような会社と組んでおきながら。

 

 

その苦い選択。

どうやって無理やり自分自身に納得させたのか…

きっと、納得していなかったんでしょうね。

心の底からは。

だから蓋をしていた苦しい胸のうちが、溢れ出てきてしまったんだと思うのです。

 

鷲津が、自らやって来て、再び問いかけたので。

「おまえは誰なんだ」

と。

 

 

 

スタンリー買収劇の修羅場の中で、絶望的に下がっていく株価のグラフを見ながら、

本当は、劉はどう思ったのか…

 

もう、遅い…と?

あるいは、

まだ間に合う…と?

 

 

 

その答えはわからない。

彼の唇は永遠に閉ざされてしまったから。

「俺もその車に乗せてくれ」

そう言い残して。

その言葉を、ただ鷲津に残して。

 

 

 

鷲津に送りつけられた劉の自主再建計画案。

それが届いたころを見計らって、鷲津に電話とかするつもりだったのではないか、とも思えます。

鷲津と組んでアカマに関わることができないかと、最後まで希望を捨ててなかったんではないか、とも思えます。

 

 

劉はファンド・マネージャーとしては完敗することになったので、かえってそれで自分の「本当の望み」がわかったのかもしれません。

自分の本当の「居場所」がほしい。

「かつて憧れた赤い車を作るこの会社」が、「自分の居場所」であって欲しい。

そして、

この国を、日本を選びたいのだ、と。

 

 

 

「本当はアカマを愛していたのではないのか?」

という鷲津の問いかけは

「本当は日本を愛していたのではないのか?」

という問いに聞こえます。

 

 

 

日本は「国を愛する」と堂々と言うことのできない、やっかいな国です。

すぐ「右」だの「左」だの馬鹿なレッテルを貼られてしまうから。

 

でも本当に国を愛するというのは、

「そこに住む人たちにとって、幸せな希望の場所であって欲しい」

と願う、「祈り」のようなものだと、私は思っています。

 

 

劉の祈り。

ラスト近く、アカマの赤い車を運転する守山。

それは守山であり、佐藤であり、劉であり…

彼のような存在、現場で車の部品を作っている派遣工のような存在が、自分の作った車を自分で乗れるような、そういう国であって欲しいという、そういう願い。

そういう祈り。

 

 

 

そして。

その祈りを受け取ったのは…

鷲津政彦。

 

 

ひとり、荒野に立って、

これからどこへ…?

 

 

 

ああ…やっと鷲津さんまで辿り着きました…

異常に前フリ長い感想文(?)ですが(冷汗)

あと少し、お付き合い願えれば幸いです。

 

以下、続きます。

 

 

 

 

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2009年6月22日 (月)

映画「ハゲタカ」 Vol.4

Hagetaka_ban_l



唐突ですが、最初に私の「現在の望み」を書きます~。

ええ、ブログに書いておけば、それが叶うんじゃないか、と思って。

(↑図に乗ってます。ズーズーしいです。ごめんなさい(汗))

 

「ハゲタカ」の続編を観たい、映画館で「ハゲタカ」を観たい、が叶ったので。

今度は「ハゲタカ」のテーマ(オーケストラヴァージョン)あるいは「神の鳥」あたりを、「NHKホール」で演奏してくださいませ!!

あの、ばかでかいホールで生演奏を聴きたい!のでございますよ!!

確か昨年の大河ドラマ(「篤姫」)はファンの集い&演奏会とかをNHKホールでやってましたよね~?

あそこまで大規模は無理としても、何かのコンサート(とか公開番組とか?)の時に「ハゲタカ」パートがあったら、う、嬉しいです…絶対観にいきたいですよ~!

ま、暮れの「紅白」の中で…というのでもいいんですがね!(大笑)

でも、できれば複数曲目を聴きたいかと!!!

ご考慮、お願いいたします、NHKさん!

 

というわけで、予告どおり週末土曜日に、またまた映画「ハゲタカ」観に行ってまいりました。

やはり23区内繁華街の映画館で、座席も4分の3は埋まっており、まだまだイケる感じ。

きっとリピーターも多いはず。

(私なんか、まだまだ回数的に未熟者です(笑))

このまま都内のどこかでずっと「ロングラン」がいいな。

今後も、何度も何度も噛みしめて観てみたい、ですから。

きっと「現実」の状況が違ってきたら、また映画は違ったように読み取れるはず。

その「変遷」も目撃したいから…

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

私が最初にこの映画のちらしを入手した時、まず不思議だったこと。

それは、鷲津政彦の今回の「敵」として登場するらしき人物についていたコピー文。

「救世主か?」と。

なぜこちら側が「救世主」なのだろう…、鷲津でなく?

そして、鷲津は、

「破壊者か?」と。

 

 

 

その敵、劉一華。

その存在感はもの凄い。

私の映画初見の折、彼はたいへんにエキセントリックに登場してくるのであれよあれよと引き込まれ、しかもこちらが正体不明なモノに対する警戒感を持っていることを巧みに付け込まれ、ミスリーディングされる演出で、最初は必要以上に「不気味な敵」という感覚を持ってしまっていました

(「鷲津さんの敵」と思っているから、鷲津ファンにはなおさらですよね(笑))

 

しかし、映画が折り返して後半に入ると、その感覚が徐々に崩れていく。

ストーリー的にはどんどん緊迫していくのに、何か脆くも危うく崩れ去っていく、ちょっとない感じ。

それで観る者は

「えっ?!ちょっと待って!!いままで思いこんでいたのと、この人物は違うの?この物語は違うの?」

と慌ててしまうのですが、そのままストーリーは終幕。

観終わったら、早くも

「もう1回、アタマから観たい!!」

となるわけです(笑)

それがこの深い背景・構造を持つ映画に、実にマッチしている。

しかも、再度観ても、あとにはまだまだ「謎」が残る感じで、これがなかなか解決しない。

それで、さらに3回とリピートして…むむむ!!

凄すぎです、カントク~!(笑)

完全にあなたの術中に嵌ってます!(大笑)

 

 

今回私は、どこで特にミスディレクションされてしまったのか?と気をつけて観ておりました。

ひとつは、三島由香が劉と鷲津を比べて

「決定的に何かが違う」

と断言するところ。

何が違うのか、言わないのですよね~。

だからこっちが勝手に解釈してしまう。

 

そしてもうひとつは、例の劉の「楽しかったんだろう鷲津!」のところ。

こっちは鷲津さんの味方だから(笑)劉の過激な発言に、

「ううぬ、こやつー!!(怒)」

と感情的になってしまうし、ここの演出がホラーのセオリーを逆手にとっているのでなおさら劉が不気味に見えた。

 

 

でも、考えてみましたよ。

ここで何故、劉が過激で挑発的な言葉を鷲津に投げかけてるのか?って。

この直前に鷲津から

「おまえに何がわかる」

と、拒絶されてるんですね。

 

 

 

よく考えてみると、劉にとっての鷲津は「ずっと見てきた憧れの存在」なだけではないんですよね。

NY時代の回想。

鷲津は劉に「人を殺したことがあるか?」と問いかけて、「強くなれ。強くならないと人を殺してしまう」と戒めている。

この時鷲津が使ったのは「日本語」です。

 

ホライズン時代の劉が「劉一華」名義を使っていたものか、「佐藤某」名義を使っていたものか、どちらなのかはわかりません。

たぶん鷲津に話しかけている様子では英語で話しかけてますから、すでに「劉一華」と名乗っていた可能性高いかな、とは思いますが。

 

日本から遠く離れたアメリカでホライズン社のインターン(研修生)になっていた時、なんだか活躍している先輩がいる。

その人は日本人だ。

だから、なんとなく気になる。

とても口もきいてもらえないような存在。

それが、たまたま話のできるチャンスを得た。

それで話しかけてみたら、びっくりするような話をし始めた。

 

果たして、鷲津は自分が話している相手が「日本語」がわかると思って話していたのか。

それとも「日本語」はわからない、と思っていたので、あんな核心に入った話を、ついしてしまったのか。

3回観た限りでは、まだわからないです。

(次回も観て必死に確認してしまいそうです~(苦笑))

 

ただわかるのは、その「日本語」の言葉を受け取った劉が、言葉の意味をずっとのちのちまで考え続けたであろう、ということ。

そして、「日本語」でとても重要な話をしてくれた鷲津が、劉にとっては特別な存在になったであろう、ということ。

 

 

 

11歳で来日して「日本人」になった劉は、最初「日本語」ができなかった。

それで中国人として差別されて苦労した。

と、劉の経歴が説明されています。

その後の生活は詳細説明ないのですが。

たぶん努力して持ち前の頭の良さを生かして母国語同様に日本語を身につけた劉少年は、公立中学で良い成績をとるようになる。

しかし、今度はあっという間に優等生になってみせた彼を同級生は驚異の目で見て、またしても周囲に溶け込めない。

というような状態だったのではないか、と想像します。

 

いずれにしても、異質なものを拒む日本社会の壁は高く、ともに来日した劉の父(これが本当の父であったのか、偽装の父であったのかは最後までわかりませんが)もうまく生活をたてられず。

劉はどうも日本国内では高校進学できなかった模様。

でも向上心のある彼は、何かの機会を得てアメリカに渡ることができた。

そこで苦学してカレッジに学びながら、ホライズン社の研修生になった…

 

 

彼の子供時代は中国の奥地の「貧農」

どのあたりと思うか?と当ブログの政治顧問(笑)に尋ねてみたら、

「湖南省城歩苗族自治県あたりで、どうか?」という答えが(笑)

中国の少数民族です。

(なんで苗族なのかというと1980年代にシティコープ(シティ・グループの前身)に苗族出身の伝説のファンド・マネージャーがいて、苗族は金融の才能があると言われていたから、だそうです(笑))

 

私はおそらく劉は「無戸籍児」だったのではないかと思います。

その理由は、劉が住んでいたであろう家までわかっているのに、本名がわからない、家族のこともわからない。

ということは公的記録に一切残っていない、ということだと思うから。

 

本物の劉一華が1976年生まれ(と見えたのですが、もしかして1978年生まれかも)だから、たぶん彼もそのくらいの生まれでしょう。

当時中国は、76年に周恩来、毛沢東と亡くなっており、国の大転換期。

文革の傷痕もまだ癒えていないだろうし、ましてや当時の湖南省のど田舎で、無戸籍の人たちがいても全然おかしくない。

劉は(もしかしたらその親たちも)中国に暮らしながら、中国国民にカウントされてない。

それが「残留日本人孤児の子孫」を偽装することで、初めて市民権を得る。

存在をカウントされていない者から「誰かになる」ことができる。

例えそれが「日本人」だとしても。

 

 

来日は80年代末。

ちょうどバブルで日本中が湧きかえっていた愚かな時代。

それこそ「札束でひとの顔をひっぱたいていた」時代。

その日本で、劉はたぶん周囲に溶け込むこともできず、「じっと見てきた」

日本の成功も。

失敗も。

ただ、傍観者になりながら、じっと見ているだけしかできなかった、存在。

 

せっかく「日本人」になりながらも、日本には居場所がない。

日本にいても何にもならない。

生ぬるい地獄…

 

 

劉の思春期のころ、10代のころを想像すると、胸が痛む。

日本がはじき飛ばしてしまった、彼。

拒絶してしまった、彼。

彼は、新たな自分の居場所を探してさらにアメリカに渡ることになる。

それは彼が「日本人」のパスポートを手にしたからこそ、できたことなのだけれど。

 

 

劉にとって「日本」とは何だったのか。

自分に市民権を与えてくれたところ。

でも、自分を拒絶したところ。

劉は「日本」をどう思っていたのか。

 

 

そして、たどり着いたアメリカで、劉はひとりの人物に会う。

鷲津政彦。

何かを背負っていて、でもそれを否定しようとしている男。

日本を捨ててきた男。

彼は劉に「日本語」で言った。

「強くなれ」、と。

その時から鷲津は、劉にとって特別な存在になった。

日本から遠く離れた土地で。

深く心の中にあることを話してくれた、初めての「日本人」の仲間…

 

 

 

でも、彼に再会した2008年。

鷲津からは拒絶のひとこと。

「おまえに何がわかる」

と。

 

 

 

以下、続きます。

 

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2009年6月18日 (木)

映画「ハゲタカ」 Vol.3

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微妙に「中毒」でございます。

ええ、こんなことになるって、とうにわかっていたんですがねぇ(苦笑)

どこで何をしていても、いつの間にか考えてますよ~。

あのシーンの意味は、本当は何だったんだろうか…とか。

背景には、どんな現実があったのだったっけ…とか。

そう、2年前にもドラマ「ハゲタカ」観てそうだったけど、今度はこの映画で、「中毒」に陥っています。

 

で、こりゃまずいぞ、と昨夜は気分転換にコンサートに行ってきたんですが。

行った場所がアークヒルズ(溜池山王)だったためか、なんだか出張か商談の欧米人の方々が多い場所柄。

つい鷲津さんが打ち合わせに来てるんじゃないかと、ありえぬ妄想に目が探してしまったりして…

駄目です。

末期となりつつある…(大笑)

(コンサートは良かったですよ~!N響&準・メルクルさんの「ボレロ」聴いてまいりました!素敵なおじさまになりつつあるメルクルさんにキャーッ♪となりつつ、若々しくドラマチックでありながら、とっても緻密なこの曲を堪能。しかし、ワタクシ実は2年前にも「ボレロ」(指揮者は別)を聴きに行ってる…ちょうどドラマ「ハゲタカ」にはまっていた時に。それを思い出してまたも「ハゲタカ」にアタマがトリップする始末、むむむ。)

 

まあ、そんなイカレタひと(笑)になりつつありますが、週末にはこの映画をまた観に行こうかと思ってます。

週末のお楽しみ!(笑)

そして、考える。

この映画の本当の「意味」は?

そして、「現実」は?

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

2008年11月。

金融危機に始まった今回の世界的危機が、やがて「実業」の世界も蝕みはじめた頃。

アメリカの自動車業界がその象徴になってきました。

私の手許のメモには、11月12日に初めて

「GM,クライスラー、フォードのビッグ3が危ない」

というのが出てきます。

 

でも実は「ビッグ3」に問題があるのは、この時点で始まった話ではありません。

製造業離れしてきたアメリカでは、唯一、生き残ってきた製造業である自動車産業は、いわば国策産業。

自動車業界は、それまでもたびたびアメリカ政府からの資金援助を乞い、大枚の借金をしてきたのです。

それが、この金融危機でさらに急激に状態が悪化、もう年内に操業資金が枯渇するので支援してほしい、とアメリカ連邦議会に訴えに来ます。

 

その頃、11月20日。

NYダウはすでに8000ドル割れ。

東京はもう10月末の時点で一時日経平均が7000円割れなんていうもの凄い値をつけてしまい、悪酔いしそうな乱高下状態になっていましたが、なんとか必死で安定化させようとして日銀が0.3%などというほとんどゼロ金利にしたりしています。

この世界的株の暴落に、アメリカ自動車業界はいよいよ後がない深刻な状態。

しかし救済を求めていたはずのこの議会証言は大失敗。

もっと真面目に計画を立て直してこい!ということで追い返されてしまいます。

 

 

「ハゲタカ」の映画化の話を私が知ったのは、11月16日。

この時点では、まさか舞台が自動車会社になるとは、まったく思わなかったです。(私は原作未読ですので)

のちに初めてそれを知った時、本当に驚きましたもの。

舞台に「自動車会社」を選んだのは、もの凄い「慧眼」としかいいようがないです。

 

「アカマ自動車」は日本そのものだ、と映画作中で言われていますが、同時にアメリカそのものでもあり、今回の金融危機で大打撃を受けた先進国(G8プラスEU)そのものでもある、と言えると思うから。

 

 

 

アカマ自動車の詳細な設定は、これから回を重ねて観る際にチェックしようと思っています。

今の時点での記憶では、売り上げは年5兆円(たぶん日本の業界の中ではナンバー3か4あたりではないかな?)

社長は3代目で、おそらく「大空電機」のように、敗戦後の焼け跡からの復興組の会社

(たぶん創業60~70年くらい?もしかして戦争中は軍用車両なんかを作っていた可能性大では?)

古谷現社長に言わせると「先代、先々代が「モノ作り」に固執するあまり時代に取り残されたので、自分の代では「ソフト化」を目指す」

 

しかし、この「ソフト化」が実は大問題。

執行役員の芝野がとても心配しているのがすでに最初から見てとれるし、鷲津にもひっかかるものがある…

 

新車発表会でアカマの魂と称された、「新アカマGT」がどういった位置づけになるのか、車に乗らない私にはいまいちよくわかってないのが申し訳ないのですが。

たぶん、戦後日本が復興していく中で青年や少年たちが憧れた「夢のスポーツ・カー」

その末裔という感じなのでしょうか。

しかし、この車は「ハイブリット車」で、いわゆる「エコ・カー」でもある。

このあたりがたぶん「中国企業が欲しいと思う日本の技術」なのでしょう。

でも、満を持してハイブリット車を発表したのが、2008年じゃ、ちともう遅い。

しかも、どう見てもファミリータイプでないハイブリット車というと、いったいどの辺を顧客ターゲットとして考えているのか…

 

それはたぶん日本国内では、ない。

「金融危機前夜のバブル」に乗っかって沸いている、北米、あるいはヨーロッパ。

そこで、どうやって車を売りさばくつもりだったのか。

たぶんサブプライム・ローンのような危ういローンを組ませて、そのローンが焦げ付く可能性から目を背けてどんどん売りさばく。

そのために、スタンリー・ブラザースのような危うい投資銀行とも組む。

あるいはもっと、スタンリーにそそのかされて、アカマ自動車名義の怪しげな「社債」を乱発して資金調達していた可能性もある。

 

 

これが、古谷社長の言う「ソフト化」の正体。

 

 

いつの間にか、道を見失っていたわけです。

古谷社長が従業員の生活を守らないといけない、と言ってたのはウソではないでしょうが、その結果、支配したのは売り上げ。

売るためなら手段も選ばず。

しかもそれがどんな結果を招いてしまうのか、考えることをやめてしまった…

「アカマは日本そのもの」

そして

「アメリカそのもの」

 

 

「北米事業の展開の失敗」と鷲津政彦にばっさり切り捨てられ、古谷社長は社長解任を飲むことになります。

「君ならどうしたのか」と鷲津に食い下がる社長に、鷲津は「経営は自分の仕事ではない」ときっぱり。

そう。

アメリカ型の金融は、経営に口を出しすぎた。

それも、本当の経営ではなくて、「証券化」とか「金融工学」とかのマジックを多用して、道を迷わせた。

そのことを鷲津もまた痛感して、己の過去を戒めている瞬間だ、と私は思いました。

 

 

 

現実世界の「ビッグ3」は、かろうじてフォードが現時点では破たんを免れていますが、クライスラーもGMも「連邦破産法第11条」の申請をして、現在再建中です。

 

クライスラーは大量に発行していた「社債」を一部債権者に債権放棄させています。(これは裁判にもなりました)

そして労働組合が持っていた「社債」を「新株」に転換。

労働組合が51%の株保有で最大株主になりました。そのうえで会社の経営権をイタリアのフィアット社に売却しています。

おお、こりゃアメリカ流のEBOだ、と私なんかは思ったり(笑)

 

GMは連邦資金を注入して(300億ドル追加支援)それを新株発行、買い上げに使用。

現在アメリカ政府が60%の最大株主であり、つまり国民の税金を使っていますから最大株主は「アメリカ国民」ということになります。

そのうえで、旧・GMブランドをバラ売りに出してます。

(「オペル」はカナダに、「ハマー」が中国に買われたのは聞いた人もあるでしょうね。現在バラ売りセール中です)

また一方で、新GM社を立ち上げる、という長い道のりの過程です。

 

 

いずれにしても「イバラの道」

アカマ自動車もまた、「不可能に近い」と芝野さんが言う再建の道を今後進みつつあるのでしょう。

クライスラーやGMのように。

その過程で、願わくば、今回は道に迷わないでほしい、と痛感します。

映画も。

現実も。

 

 

 

本当は作っていたのは「夢の車」だったはず。

アカマ自動車が作っていたもの。

それは日本人の夢、だったはず。

そして、そのことを教えてくれたのは、思い出させてくれたのは、劉一華。

その人。

 

いったい、彼は何者だったのか…。

 

 

以下、続きます。

 

 

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2009年6月16日 (火)

映画「ハゲタカ」 Vol.2 

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↑上映中でございます。

ワタクシは今のところ6月6日の公開初日と、翌週6月13日の両土曜日に観にいきましたが、両方とも23区内繁華街の映画館で満席御礼でございました。

行こうかどうしようかという考え中の方、是非観に行ってみて下さい。

意外とエンターテイメントのつくりです。

作劇的にも、ホラー映画的なセオリーを逆手にとっていたりして(笑)

でも、観終わったあと、ひどく心に訴えかけてくる。

そして、心にひっかかる部分を何度も反芻して、自分でじっくり考えてみたくなる。

これは、そういう映画・・・

 

 

当ブログは、しばらく映画「ハゲタカ」に関していろいろ書いてみようと思っています。

純粋な映画レヴューではありませんが、映画の内容には結構踏み込んでいくと思いますので、「ネタばれあり」の注意喚起をさせていただきます。

 

 

 

2年前。

NHKのドラマ「ハゲタカ」の放送終了後、各所で熱狂的な支持者を生んでいたこのドラマのファンの中で、最も気にされていたことがひとつ。

「このドラマの続編は作られないのか?」

 

ドラマそれ自体は見事な形でラストシーンを迎えていたので、このきっちり完結したドラマの「後日談」をさらに望むのは本当は邪道であったのかもしれない・・・

でも、あまりにも主人公の鷲津はじめとして登場人物たち全てが生き生きと描かれたこのドラマは、ドラマという枠を越えて人々の共感を呼び、どうしても「もっと観てみたい!!」という強烈な希望を湧き起こさせていたのでした。

 

 

それは、視聴者の生きる「この時代」があまりにも不透明で、この「世界」を主人公たちがどうやって生き切っていくのかを知りたい、ということであったのかもしれない・・・

今から思えば・・・。

 

 

私もまた、そういう「ハゲタカ」ファンとして、当ブログにつらつらと書いていたひとりです。

2007年4月3日の記事でこの「続編希望」について書いています。

「個人的には続編があるなら、舞台を大きくして、国際競争に晒される日本企業を守護神する「鷲津ファンド」が観てみたいです。「ハゲタカ」ではずっと攻めて打って出るパターンでしたから。今度は受けて立つ、を観たいですね。」

とか言ってるし~(笑)

望みは、かなったわけです。

もうズバリど真ん中です、今回の映画。

カントク&制作されたみなさま、ありがとうございます!!(感涙)

 

確かに、そうやって「日本企業」を守護してほしかった。

やっとバブル崩壊の後遺症から抜け出しつつあるように見えたので。

「失われた10年」から抜け出せるように見えたので。

ドラマ版「ハゲタカ」のラストにあるように、「本業に戻ってしっかりやろう。日本の本業はモノ作りにあるんだから」という言葉が聞かれつつあった時代だったので。

日本企業が、いや日本が、この先どうやって切り開いていくのか、それを護る鷲津さんが見たかったのだけれど・・・

 

ただ、その時点では私は考えも及んでいなかったことがあったんですよね。

今から振り返ると。

企業なんですから、作ったからには当然売らないといけません。

モノを売ること・・・

そのことのために、実は日本が何を「犠牲」にして、何を「代償」として支払ったのか・・・

そのことまではわかっていなかった。

アランじゃないけど「何も見えてない」だったんだよね、ワタクシも・・・。

 

 

2008年9月から10月。

いわゆるリーマン破たんショックが起こって、その後転げ落ちるように世界が金融メルト・ダウンに向かって突き進んでいくかに見えた時の話は、Vol.1に書いたとおりです。

9月末の段階では、アメリカやヨーロッパの金融機関をはじめとする世界の金融機関が大量に保有していた証券、債権が一気に不良債権化。

大手金融機関がいくつもいつ破たんしてもおかしくない非常にヤバイ状態になってきて、取り付け騒ぎなんかがちらほら出たりどんどん放置できない状態になっていく。

それで各国政府が非常に慌てて政府介入の対策に乗り出していったわけです。

 

最初、日本は比較的そういった危機的状態から遠いと思われていました。

1990年代のバブル崩壊後に長い長い時間をかけてやっと金融機関が不良債権を整理し終えたところで、日本の金融機関は今回の金融危機の直接原因のサブプライム・ローンなどの危ない証券・債券の保有率が比較的低い、ということだったので。

 

しかし、10月の第1週でその状態は予期せぬ方向へ進んでゆく。

金融危機によって欧米の金融機関が破たんの瀬戸際になってゆくと、当然普通の市民生活にも影響が出てくる。

具体的にいえば、何か買いたくても住宅も車も金融機関でローンを組むことができない、あるいは勤め先の会社が大量の不良債権を財産として所有していたので多大な損失を出し給料を払えない、あるいはそもそも会社の存続さえ出来ず倒産する、そうしてどんどん失業した人々が増えていくので、もうとても何かを買うどころではない・・・

だから、欧米の市民に自分たちの作った「モノ」を売ってきた日本の企業は「モノ」を売ることができなくなってくる。

その予想が世界を駆け巡り、メーカーを中心とした日本企業の株が大暴落。

日本同様に欧米に売ることで成り立っていたアジアの企業株も軒並み「パニック売り」という状態に陥ってしまったのです。

 

なんでこんなことになってしまったのか?

日本がモノ作りの本業に戻ろうと方向を定めてから、その売り先を主にアメリカ、ヨーロッパに定めていた。

国内はまだまだ不況の傷痕が深くとても作ったモノがはけない。

内需が足らない。

だから輸出に頼ったのだけれど、そのためには円高だと困る。

円高にならないように誘導して、限りなくゼロに近い超低金利政策をとる。

すると、その低金利を利用して、円建てでお金を借りてローンを組むということを思いつくものが出る。

グローバリズムの国際金融の時代なので国境を越えてのローンが可能となり、普通だったらローンを組むような収入のバックボーンがない外国に住む人たちにも円建て低金利ローンが可能となる。

これがサブプライム・ローンなどの不良債権の原資になっていってしまう。

しかもアメリカの金融界はさらに、「金融工学」という悪魔的テクニックでこの不良ローンを「証券化」する。

そしてその「証券化商品」を世界中の金融機関に売りさばいて、一見しただけではその危険がわから