« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月

2009年6月25日 (木)

映画「ハゲタカ」 Vol.5

Hagetaka_ban_l



また、週末が近づいてまいりました…

ええ、当然行きます。

またこの映画を観に行きますよ、ワタクシは。

こうなったら、見届けますとも。

「ハゲタカ」廃人の焼け野原を…

 

って、違うからっ!!!

「焼け野原」にしてどうする!

…と自分につっこんでおりますが(藁)

 

そして、やらねばならないこと山積み状態を横目に、またまたこ~んな文章を書いてます(冷汗)

で、でも、もうちょっとだけ書き進めておきたい…

よろしかったら、お付き合いくださいね!

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

アカマ自動車。

それはたぶんラストチャンス。

劉一華にとって。

彼が日本に、自分の「居場所」を作る、最後の機会だったのではないか?

 

 

もちろん、「こどもの頃憧れた赤い車」の会社ですから。

きっと特別だったでしょう。

彼は最初の記者会見できっぱり言ってるんです。

「アカマを、日本を、救いたい」

って。

 

でも初見の折、ワタクシすっかり身構えていて、古谷社長以下アカマの社員の目線で劉を観てしまっておりましたから、とにかく信じてなかったんですよね。

彼の言葉を。

まあ、「買収」しようといって乗り込んできたわけですが。

挑戦されたと受け取ってしまって、必要以上に自己防衛的になるのは、日本人の悪い癖ですね。

でもあとから見直すと、この最初の記者会見は、彼の本音がストレートにでています。

劉は言います。

日本から学んで、ともに成長したい、と。

 

 

劉がどうして守山を「見つけた」のか…

缶コーヒーを渡して話しかけるところから始まって、どんどん積極的に守山に近づく劉は、なんとも馴れ馴れしいというか、訳わからないというか、最初観ている私も???でした。

 

でも。

守山を初めて見たとき、これは自分だったかも、と思ったのではないか。

自分がアメリカに渡らず、もし日本に残っていたら。

劉一華ではなく、佐藤として生きていくことを選んでいたら。

たぶんこの「憧れの赤い車を作る会社」で働くためには、派遣工として勤務するくらいしか他に選択肢がなかっただろう、と。

 

彼の孤独が透けて見えます。

「雨は嫌だなあ…」とつぶやく時。

守山に、なぜアカマで働くのか、と問いかける時。

夢かうつつか、こどもの頃見かけた「赤い車」を語る時。

何者でもなかった出生。

彼の喪われた少年時代。

欲しかった仲間。

アカマに関わることで、今度こそ得られるのではないか。

そんな「望み」を無意識に抱いていたのではないのか。

 

最初距離をおいていた守山が、少しずつ心を開いてくれて、派遣工の扱われ方や待遇についての自分の気持ちを話してくれた時。

もしかしたら集会の計画を聞かされていた時。

劉はきっと嬉しかっただろうな、と思うのです。

 

だから、最初から守山を利用しようとしたわけではなく、自分のポジションを使って、三島由香や古谷社長に告発することで、守山たちの待遇が改善されて、なおかつ自分にとっても利益になる。

それはきっといずれ会社にとっても利益になっていくだろう。

そういう「みんなにとって、利益のある構図」を頭に描いていたのではないか、とも思うのです。

 

 

でも彼は、選び間違えた。

 

 

日本は「出るクイの打たれる社会」

「信念のある奴はめんどう」と言われてしまう社会。

目の前で古谷社長にきっぱり「リーダー(守山)はダメだ」と決められてしまった時。

はっとして、何か言いたげだった劉。

しかし、彼はそれ以上、そのことを追及することをやめてしまった。

 

そして手切れ金を渡して、守山を切り捨てた。

守山のような存在を切り捨てたこと、

それは、自分の中の佐藤を切り捨てたこと。

一方ではスタンリー社のような会社と組んでおきながら。

 

 

その苦い選択。

どうやって無理やり自分自身に納得させたのか…

きっと、納得していなかったんでしょうね。

心の底からは。

だから蓋をしていた苦しい胸のうちが、溢れ出てきてしまったんだと思うのです。

 

鷲津が、自らやって来て、再び問いかけたので。

「おまえは誰なんだ」

と。

 

 

 

スタンリー買収劇の修羅場の中で、絶望的に下がっていく株価のグラフを見ながら、

本当は、劉はどう思ったのか…

 

もう、遅い…と?

あるいは、

まだ間に合う…と?

 

 

 

その答えはわからない。

彼の唇は永遠に閉ざされてしまったから。

「俺もその車に乗せてくれ」

そう言い残して。

その言葉を、ただ鷲津に残して。

 

 

 

鷲津に送りつけられた劉の自主再建計画案。

それが届いたころを見計らって、鷲津に電話とかするつもりだったのではないか、とも思えます。

鷲津と組んでアカマに関わることができないかと、最後まで希望を捨ててなかったんではないか、とも思えます。

 

 

劉はファンド・マネージャーとしては完敗することになったので、かえってそれで自分の「本当の望み」がわかったのかもしれません。

自分の本当の「居場所」がほしい。

「かつて憧れた赤い車を作るこの会社」が、「自分の居場所」であって欲しい。

そして、

この国を、日本を選びたいのだ、と。

 

 

 

「本当はアカマを愛していたのではないのか?」

という鷲津の問いかけは

「本当は日本を愛していたのではないのか?」

という問いに聞こえます。

 

 

 

日本は「国を愛する」と堂々と言うことのできない、やっかいな国です。

すぐ「右」だの「左」だの馬鹿なレッテルを貼られてしまうから。

 

でも本当に国を愛するというのは、

「そこに住む人たちにとって、幸せな希望の場所であって欲しい」

と願う、「祈り」のようなものだと、私は思っています。

 

 

劉の祈り。

ラスト近く、アカマの赤い車を運転する守山。

それは守山であり、佐藤であり、劉であり…

彼のような存在、現場で車の部品を作っている派遣工のような存在が、自分の作った車を自分で乗れるような、そういう国であって欲しいという、そういう願い。

そういう祈り。

 

 

 

そして。

その祈りを受け取ったのは…

鷲津政彦。

 

 

ひとり、荒野に立って、

これからどこへ…?

 

 

 

ああ…やっと鷲津さんまで辿り着きました…

異常に前フリ長い感想文(?)ですが(冷汗)

あと少し、お付き合い願えれば幸いです。

 

以下、続きます。

 

 

 

 

| | コメント (4)

2009年6月22日 (月)

映画「ハゲタカ」 Vol.4

Hagetaka_ban_l



唐突ですが、最初に私の「現在の望み」を書きます~。

ええ、ブログに書いておけば、それが叶うんじゃないか、と思って。

(↑図に乗ってます。ズーズーしいです。ごめんなさい(汗))

 

「ハゲタカ」の続編を観たい、映画館で「ハゲタカ」を観たい、が叶ったので。

今度は「ハゲタカ」のテーマ(オーケストラヴァージョン)あるいは「神の鳥」あたりを、「NHKホール」で演奏してくださいませ!!

あの、ばかでかいホールで生演奏を聴きたい!のでございますよ!!

確か昨年の大河ドラマ(「篤姫」)はファンの集い&演奏会とかをNHKホールでやってましたよね~?

あそこまで大規模は無理としても、何かのコンサート(とか公開番組とか?)の時に「ハゲタカ」パートがあったら、う、嬉しいです…絶対観にいきたいですよ~!

ま、暮れの「紅白」の中で…というのでもいいんですがね!(大笑)

でも、できれば複数曲目を聴きたいかと!!!

ご考慮、お願いいたします、NHKさん!

 

というわけで、予告どおり週末土曜日に、またまた映画「ハゲタカ」観に行ってまいりました。

やはり23区内繁華街の映画館で、座席も4分の3は埋まっており、まだまだイケる感じ。

きっとリピーターも多いはず。

(私なんか、まだまだ回数的に未熟者です(笑))

このまま都内のどこかでずっと「ロングラン」がいいな。

今後も、何度も何度も噛みしめて観てみたい、ですから。

きっと「現実」の状況が違ってきたら、また映画は違ったように読み取れるはず。

その「変遷」も目撃したいから…

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

私が最初にこの映画のちらしを入手した時、まず不思議だったこと。

それは、鷲津政彦の今回の「敵」として登場するらしき人物についていたコピー文。

「救世主か?」と。

なぜこちら側が「救世主」なのだろう…、鷲津でなく?

そして、鷲津は、

「破壊者か?」と。

 

 

 

その敵、劉一華。

その存在感はもの凄い。

私の映画初見の折、彼はたいへんにエキセントリックに登場してくるのであれよあれよと引き込まれ、しかもこちらが正体不明なモノに対する警戒感を持っていることを巧みに付け込まれ、ミスリーディングされる演出で、最初は必要以上に「不気味な敵」という感覚を持ってしまっていました

(「鷲津さんの敵」と思っているから、鷲津ファンにはなおさらですよね(笑))

 

しかし、映画が折り返して後半に入ると、その感覚が徐々に崩れていく。

ストーリー的にはどんどん緊迫していくのに、何か脆くも危うく崩れ去っていく、ちょっとない感じ。

それで観る者は

「えっ?!ちょっと待って!!いままで思いこんでいたのと、この人物は違うの?この物語は違うの?」

と慌ててしまうのですが、そのままストーリーは終幕。

観終わったら、早くも

「もう1回、アタマから観たい!!」

となるわけです(笑)

それがこの深い背景・構造を持つ映画に、実にマッチしている。

しかも、再度観ても、あとにはまだまだ「謎」が残る感じで、これがなかなか解決しない。

それで、さらに3回とリピートして…むむむ!!

凄すぎです、カントク~!(笑)

完全にあなたの術中に嵌ってます!(大笑)

 

 

今回私は、どこで特にミスディレクションされてしまったのか?と気をつけて観ておりました。

ひとつは、三島由香が劉と鷲津を比べて

「決定的に何かが違う」

と断言するところ。

何が違うのか、言わないのですよね~。

だからこっちが勝手に解釈してしまう。

 

そしてもうひとつは、例の劉の「楽しかったんだろう鷲津!」のところ。

こっちは鷲津さんの味方だから(笑)劉の過激な発言に、

「ううぬ、こやつー!!(怒)」

と感情的になってしまうし、ここの演出がホラーのセオリーを逆手にとっているのでなおさら劉が不気味に見えた。

 

 

でも、考えてみましたよ。

ここで何故、劉が過激で挑発的な言葉を鷲津に投げかけてるのか?って。

この直前に鷲津から

「おまえに何がわかる」

と、拒絶されてるんですね。

 

 

 

よく考えてみると、劉にとっての鷲津は「ずっと見てきた憧れの存在」なだけではないんですよね。

NY時代の回想。

鷲津は劉に「人を殺したことがあるか?」と問いかけて、「強くなれ。強くならないと人を殺してしまう」と戒めている。

この時鷲津が使ったのは「日本語」です。

 

ホライズン時代の劉が「劉一華」名義を使っていたものか、「佐藤某」名義を使っていたものか、どちらなのかはわかりません。

たぶん鷲津に話しかけている様子では英語で話しかけてますから、すでに「劉一華」と名乗っていた可能性高いかな、とは思いますが。

 

日本から遠く離れたアメリカでホライズン社のインターン(研修生)になっていた時、なんだか活躍している先輩がいる。

その人は日本人だ。

だから、なんとなく気になる。

とても口もきいてもらえないような存在。

それが、たまたま話のできるチャンスを得た。

それで話しかけてみたら、びっくりするような話をし始めた。

 

果たして、鷲津は自分が話している相手が「日本語」がわかると思って話していたのか。

それとも「日本語」はわからない、と思っていたので、あんな核心に入った話を、ついしてしまったのか。

3回観た限りでは、まだわからないです。

(次回も観て必死に確認してしまいそうです~(苦笑))

 

ただわかるのは、その「日本語」の言葉を受け取った劉が、言葉の意味をずっとのちのちまで考え続けたであろう、ということ。

そして、「日本語」でとても重要な話をしてくれた鷲津が、劉にとっては特別な存在になったであろう、ということ。

 

 

 

11歳で来日して「日本人」になった劉は、最初「日本語」ができなかった。

それで中国人として差別されて苦労した。

と、劉の経歴が説明されています。

その後の生活は詳細説明ないのですが。

たぶん努力して持ち前の頭の良さを生かして母国語同様に日本語を身につけた劉少年は、公立中学で良い成績をとるようになる。

しかし、今度はあっという間に優等生になってみせた彼を同級生は驚異の目で見て、またしても周囲に溶け込めない。

というような状態だったのではないか、と想像します。

 

いずれにしても、異質なものを拒む日本社会の壁は高く、ともに来日した劉の父(これが本当の父であったのか、偽装の父であったのかは最後までわかりませんが)もうまく生活をたてられず。

劉はどうも日本国内では高校進学できなかった模様。

でも向上心のある彼は、何かの機会を得てアメリカに渡ることができた。

そこで苦学してカレッジに学びながら、ホライズン社の研修生になった…

 

 

彼の子供時代は中国の奥地の「貧農」

どのあたりと思うか?と当ブログの政治顧問(笑)に尋ねてみたら、

「湖南省城歩苗族自治県あたりで、どうか?」という答えが(笑)

中国の少数民族です。

(なんで苗族なのかというと1980年代にシティコープ(シティ・グループの前身)に苗族出身の伝説のファンド・マネージャーがいて、苗族は金融の才能があると言われていたから、だそうです(笑))

 

私はおそらく劉は「無戸籍児」だったのではないかと思います。

その理由は、劉が住んでいたであろう家までわかっているのに、本名がわからない、家族のこともわからない。

ということは公的記録に一切残っていない、ということだと思うから。

 

本物の劉一華が1976年生まれ(と見えたのですが、もしかして1978年生まれかも)だから、たぶん彼もそのくらいの生まれでしょう。

当時中国は、76年に周恩来、毛沢東と亡くなっており、国の大転換期。

文革の傷痕もまだ癒えていないだろうし、ましてや当時の湖南省のど田舎で、無戸籍の人たちがいても全然おかしくない。

劉は(もしかしたらその親たちも)中国に暮らしながら、中国国民にカウントされてない。

それが「残留日本人孤児の子孫」を偽装することで、初めて市民権を得る。

存在をカウントされていない者から「誰かになる」ことができる。

例えそれが「日本人」だとしても。

 

 

来日は80年代末。

ちょうどバブルで日本中が湧きかえっていた愚かな時代。

それこそ「札束でひとの顔をひっぱたいていた」時代。

その日本で、劉はたぶん周囲に溶け込むこともできず、「じっと見てきた」

日本の成功も。

失敗も。

ただ、傍観者になりながら、じっと見ているだけしかできなかった、存在。

 

せっかく「日本人」になりながらも、日本には居場所がない。

日本にいても何にもならない。

生ぬるい地獄…

 

 

劉の思春期のころ、10代のころを想像すると、胸が痛む。

日本がはじき飛ばしてしまった、彼。

拒絶してしまった、彼。

彼は、新たな自分の居場所を探してさらにアメリカに渡ることになる。

それは彼が「日本人」のパスポートを手にしたからこそ、できたことなのだけれど。

 

 

劉にとって「日本」とは何だったのか。

自分に市民権を与えてくれたところ。

でも、自分を拒絶したところ。

劉は「日本」をどう思っていたのか。

 

 

そして、たどり着いたアメリカで、劉はひとりの人物に会う。

鷲津政彦。

何かを背負っていて、でもそれを否定しようとしている男。

日本を捨ててきた男。

彼は劉に「日本語」で言った。

「強くなれ」、と。

その時から鷲津は、劉にとって特別な存在になった。

日本から遠く離れた土地で。

深く心の中にあることを話してくれた、初めての「日本人」の仲間…

 

 

 

でも、彼に再会した2008年。

鷲津からは拒絶のひとこと。

「おまえに何がわかる」

と。

 

 

 

以下、続きます。

 

| | コメント (2)

2009年6月18日 (木)

映画「ハゲタカ」 Vol.3

Hagetaka_ban_l



微妙に「中毒」でございます。

ええ、こんなことになるって、とうにわかっていたんですがねぇ(苦笑)

どこで何をしていても、いつの間にか考えてますよ~。

あのシーンの意味は、本当は何だったんだろうか…とか。

背景には、どんな現実があったのだったっけ…とか。

そう、2年前にもドラマ「ハゲタカ」観てそうだったけど、今度はこの映画で、「中毒」に陥っています。

 

で、こりゃまずいぞ、と昨夜は気分転換にコンサートに行ってきたんですが。

行った場所がアークヒルズ(溜池山王)だったためか、なんだか出張か商談の欧米人の方々が多い場所柄。

つい鷲津さんが打ち合わせに来てるんじゃないかと、ありえぬ妄想に目が探してしまったりして…

駄目です。

末期となりつつある…(大笑)

(コンサートは良かったですよ~!N響&準・メルクルさんの「ボレロ」聴いてまいりました!素敵なおじさまになりつつあるメルクルさんにキャーッ♪となりつつ、若々しくドラマチックでありながら、とっても緻密なこの曲を堪能。しかし、ワタクシ実は2年前にも「ボレロ」(指揮者は別)を聴きに行ってる…ちょうどドラマ「ハゲタカ」にはまっていた時に。それを思い出してまたも「ハゲタカ」にアタマがトリップする始末、むむむ。)

 

まあ、そんなイカレタひと(笑)になりつつありますが、週末にはこの映画をまた観に行こうかと思ってます。

週末のお楽しみ!(笑)

そして、考える。

この映画の本当の「意味」は?

そして、「現実」は?

 

 

 

当ブログは純粋な映画レヴューではありませんが、映画「ハゲタカ」の内容に結構踏み込んでおりますので「ネタばれあり」の「注意喚起」をさせていただいております。

 

 

 

2008年11月。

金融危機に始まった今回の世界的危機が、やがて「実業」の世界も蝕みはじめた頃。

アメリカの自動車業界がその象徴になってきました。

私の手許のメモには、11月12日に初めて

「GM,クライスラー、フォードのビッグ3が危ない」

というのが出てきます。

 

でも実は「ビッグ3」に問題があるのは、この時点で始まった話ではありません。

製造業離れしてきたアメリカでは、唯一、生き残ってきた製造業である自動車産業は、いわば国策産業。

自動車業界は、それまでもたびたびアメリカ政府からの資金援助を乞い、大枚の借金をしてきたのです。

それが、この金融危機でさらに急激に状態が悪化、もう年内に操業資金が枯渇するので支援してほしい、とアメリカ連邦議会に訴えに来ます。

 

その頃、11月20日。

NYダウはすでに8000ドル割れ。

東京はもう10月末の時点で一時日経平均が7000円割れなんていうもの凄い値をつけてしまい、悪酔いしそうな乱高下状態になっていましたが、なんとか必死で安定化させようとして日銀が0.3%などというほとんどゼロ金利にしたりしています。

この世界的株の暴落に、アメリカ自動車業界はいよいよ後がない深刻な状態。

しかし救済を求めていたはずのこの議会証言は大失敗。

もっと真面目に計画を立て直してこい!ということで追い返されてしまいます。

 

 

「ハゲタカ」の映画化の話を私が知ったのは、11月16日。

この時点では、まさか舞台が自動車会社になるとは、まったく思わなかったです。(私は原作未読ですので)

のちに初めてそれを知った時、本当に驚きましたもの。

舞台に「自動車会社」を選んだのは、もの凄い「慧眼」としかいいようがないです。

 

「アカマ自動車」は日本そのものだ、と映画作中で言われていますが、同時にアメリカそのものでもあり、今回の金融危機で大打撃を受けた先進国(G8プラスEU)そのものでもある、と言えると思うから。

 

 

 

アカマ自動車の詳細な設定は、これから回を重ねて観る際にチェックしようと思っています。

今の時点での記憶では、売り上げは年5兆円(たぶん日本の業界の中ではナンバー3か4あたりではないかな?)

社長は3代目で、おそらく「大空電機」のように、敗戦後の焼け跡からの復興組の会社

(たぶん創業60~70年くらい?もしかして戦争中は軍用車両なんかを作っていた可能性大では?)

古谷現社長に言わせると「先代、先々代が「モノ作り」に固執するあまり時代に取り残されたので、自分の代では「ソフト化」を目指す」

 

しかし、この「ソフト化」が実は大問題。

執行役員の芝野がとても心配しているのがすでに最初から見てとれるし、鷲津にもひっかかるものがある…

 

新車発表会でアカマの魂と称された、「新アカマGT」がどういった位置づけになるのか、車に乗らない私にはいまいちよくわかってないのが申し訳ないのですが。

たぶん、戦後日本が復興していく中で青年や少年たちが憧れた「夢のスポーツ・カー」

その末裔という感じなのでしょうか。

しかし、この車は「ハイブリット車」で、いわゆる「エコ・カー」でもある。

このあたりがたぶん「中国企業が欲しいと思う日本の技術」なのでしょう。

でも、満を持してハイブリット車を発表したのが、2008年じゃ、ちともう遅い。

しかも、どう見てもファミリータイプでないハイブリット車というと、いったいどの辺を顧客ターゲットとして考えているのか…

 

それはたぶん日本国内では、ない。

「金融危機前夜のバブル」に乗っかって沸いている、北米、あるいはヨーロッパ。

そこで、どうやって車を売りさばくつもりだったのか。

たぶんサブプライム・ローンのような危ういローンを組ませて、そのローンが焦げ付く可能性から目を背けてどんどん売りさばく。

そのために、スタンリー・ブラザースのような危うい投資銀行とも組む。

あるいはもっと、スタンリーにそそのかされて、アカマ自動車名義の怪しげな「社債」を乱発して資金調達していた可能性もある。

 

 

これが、古谷社長の言う「ソフト化」の正体。

 

 

いつの間にか、道を見失っていたわけです。

古谷社長が従業員の生活を守らないといけない、と言ってたのはウソではないでしょうが、その結果、支配したのは売り上げ。

売るためなら手段も選ばず。

しかもそれがどんな結果を招いてしまうのか、考えることをやめてしまった…

「アカマは日本そのもの」

そして

「アメリカそのもの」

 

 

「北米事業の展開の失敗」と鷲津政彦にばっさり切り捨てられ、古谷社長は社長解任を飲むことになります。

「君ならどうしたのか」と鷲津に食い下がる社長に、鷲津は「経営は自分の仕事ではない」ときっぱり。

そう。

アメリカ型の金融は、経営に口を出しすぎた。

それも、本当の経営ではなくて、「証券化」とか「金融工学」とかのマジックを多用して、道を迷わせた。

そのことを鷲津もまた痛感して、己の過去を戒めている瞬間だ、と私は思いました。

 

 

 

現実世界の「ビッグ3」は、かろうじてフォードが現時点では破たんを免れていますが、クライスラーもGMも「連邦破産法第11条」の申請をして、現在再建中です。

 

クライスラーは大量に発行していた「社債」を一部債権者に債権放棄させています。(これは裁判にもなりました)

そして労働組合が持っていた「社債」を「新株」に転換。

労働組合が51%の株保有で最大株主になりました。そのうえで会社の経営権をイタリアのフィアット社に売却しています。

おお、こりゃアメリカ流のEBOだ、と私なんかは思ったり(笑)

 

GMは連邦資金を注入して(300億ドル追加支援)それを新株発行、買い上げに使用。

現在アメリカ政府が60%の最大株主であり、つまり国民の税金を使っていますから最大株主は「アメリカ国民」ということになります。

そのうえで、旧・GMブランドをバラ売りに出してます。

(「オペル」はカナダに、「ハマー」が中国に買われたのは聞いた人もあるでしょうね。現在バラ売りセール中です)

また一方で、新GM社を立ち上げる、という長い道のりの過程です。

 

 

いずれにしても「イバラの道」

アカマ自動車もまた、「不可能に近い」と芝野さんが言う再建の道を今後進みつつあるのでしょう。

クライスラーやGMのように。

その過程で、願わくば、今回は道に迷わないでほしい、と痛感します。

映画も。

現実も。

 

 

 

本当は作っていたのは「夢の車」だったはず。

アカマ自動車が作っていたもの。

それは日本人の夢、だったはず。

そして、そのことを教えてくれたのは、思い出させてくれたのは、劉一華。

その人。

 

いったい、彼は何者だったのか…。

 

 

以下、続きます。

 

 

| | コメント (0)

2009年6月16日 (火)

映画「ハゲタカ」 Vol.2 

Hagetaka_ban_l



↑上映中でございます。

ワタクシは今のところ6月6日の公開初日と、翌週6月13日の両土曜日に観にいきましたが、両方とも23区内繁華街の映画館で満席御礼でございました。

行こうかどうしようかという考え中の方、是非観に行ってみて下さい。

意外とエンターテイメントのつくりです。

作劇的にも、ホラー映画的なセオリーを逆手にとっていたりして(笑)

でも、観終わったあと、ひどく心に訴えかけてくる。

そして、心にひっかかる部分を何度も反芻して、自分でじっくり考えてみたくなる。

これは、そういう映画・・・

 

 

当ブログは、しばらく映画「ハゲタカ」に関していろいろ書いてみようと思っています。

純粋な映画レヴューではありませんが、映画の内容には結構踏み込んでいくと思いますので、「ネタばれあり」の注意喚起をさせていただきます。

 

 

 

2年前。

NHKのドラマ「ハゲタカ」の放送終了後、各所で熱狂的な支持者を生んでいたこのドラマのファンの中で、最も気にされていたことがひとつ。

「このドラマの続編は作られないのか?」

 

ドラマそれ自体は見事な形でラストシーンを迎えていたので、このきっちり完結したドラマの「後日談」をさらに望むのは本当は邪道であったのかもしれない・・・

でも、あまりにも主人公の鷲津はじめとして登場人物たち全てが生き生きと描かれたこのドラマは、ドラマという枠を越えて人々の共感を呼び、どうしても「もっと観てみたい!!」という強烈な希望を湧き起こさせていたのでした。

 

 

それは、視聴者の生きる「この時代」があまりにも不透明で、この「世界」を主人公たちがどうやって生き切っていくのかを知りたい、ということであったのかもしれない・・・

今から思えば・・・。

 

 

私もまた、そういう「ハゲタカ」ファンとして、当ブログにつらつらと書いていたひとりです。

2007年4月3日の記事でこの「続編希望」について書いています。

「個人的には続編があるなら、舞台を大きくして、国際競争に晒される日本企業を守護神する「鷲津ファンド」が観てみたいです。「ハゲタカ」ではずっと攻めて打って出るパターンでしたから。今度は受けて立つ、を観たいですね。」

とか言ってるし~(笑)

望みは、かなったわけです。

もうズバリど真ん中です、今回の映画。

カントク&制作されたみなさま、ありがとうございます!!(感涙)

 

確かに、そうやって「日本企業」を守護してほしかった。

やっとバブル崩壊の後遺症から抜け出しつつあるように見えたので。

「失われた10年」から抜け出せるように見えたので。

ドラマ版「ハゲタカ」のラストにあるように、「本業に戻ってしっかりやろう。日本の本業はモノ作りにあるんだから」という言葉が聞かれつつあった時代だったので。

日本企業が、いや日本が、この先どうやって切り開いていくのか、それを護る鷲津さんが見たかったのだけれど・・・

 

ただ、その時点では私は考えも及んでいなかったことがあったんですよね。

今から振り返ると。

企業なんですから、作ったからには当然売らないといけません。

モノを売ること・・・

そのことのために、実は日本が何を「犠牲」にして、何を「代償」として支払ったのか・・・

そのことまではわかっていなかった。

アランじゃないけど「何も見えてない」だったんだよね、ワタクシも・・・。

 

 

2008年9月から10月。

いわゆるリーマン破たんショックが起こって、その後転げ落ちるように世界が金融メルト・ダウンに向かって突き進んでいくかに見えた時の話は、Vol.1に書いたとおりです。

9月末の段階では、アメリカやヨーロッパの金融機関をはじめとする世界の金融機関が大量に保有していた証券、債権が一気に不良債権化。

大手金融機関がいくつもいつ破たんしてもおかしくない非常にヤバイ状態になってきて、取り付け騒ぎなんかがちらほら出たりどんどん放置できない状態になっていく。

それで各国政府が非常に慌てて政府介入の対策に乗り出していったわけです。

 

最初、日本は比較的そういった危機的状態から遠いと思われていました。

1990年代のバブル崩壊後に長い長い時間をかけてやっと金融機関が不良債権を整理し終えたところで、日本の金融機関は今回の金融危機の直接原因のサブプライム・ローンなどの危ない証券・債券の保有率が比較的低い、ということだったので。

 

しかし、10月の第1週でその状態は予期せぬ方向へ進んでゆく。

金融危機によって欧米の金融機関が破たんの瀬戸際になってゆくと、当然普通の市民生活にも影響が出てくる。

具体的にいえば、何か買いたくても住宅も車も金融機関でローンを組むことができない、あるいは勤め先の会社が大量の不良債権を財産として所有していたので多大な損失を出し給料を払えない、あるいはそもそも会社の存続さえ出来ず倒産する、そうしてどんどん失業した人々が増えていくので、もうとても何かを買うどころではない・・・

だから、欧米の市民に自分たちの作った「モノ」を売ってきた日本の企業は「モノ」を売ることができなくなってくる。

その予想が世界を駆け巡り、メーカーを中心とした日本企業の株が大暴落。

日本同様に欧米に売ることで成り立っていたアジアの企業株も軒並み「パニック売り」という状態に陥ってしまったのです。

 

なんでこんなことになってしまったのか?

日本がモノ作りの本業に戻ろうと方向を定めてから、その売り先を主にアメリカ、ヨーロッパに定めていた。

国内はまだまだ不況の傷痕が深くとても作ったモノがはけない。

内需が足らない。

だから輸出に頼ったのだけれど、そのためには円高だと困る。

円高にならないように誘導して、限りなくゼロに近い超低金利政策をとる。

すると、その低金利を利用して、円建てでお金を借りてローンを組むということを思いつくものが出る。

グローバリズムの国際金融の時代なので国境を越えてのローンが可能となり、普通だったらローンを組むような収入のバックボーンがない外国に住む人たちにも円建て低金利ローンが可能となる。

これがサブプライム・ローンなどの不良債権の原資になっていってしまう。

しかもアメリカの金融界はさらに、「金融工学」という悪魔的テクニックでこの不良ローンを「証券化」する。

そしてその「証券化商品」を世界中の金融機関に売りさばいて、一見しただけではその危険がわからないように、まるで「地雷」のようにばら撒いて埋めてしまう。

かくして、その「地雷」が大爆発するような破たんがいつ起こってもおかしくないような危うい状況がどんどん拡大していく・・・

 

 

これが実は、映画「ハゲタカ」の舞台の直前の「世界」の状況です。

いつ、何がおこってもおかしくない。

しかし、本質が目の前から覆い隠されて、目を背けられてきた「世界」

その「世界」を形作ってきたのは、「グローバリズム」と称したものでつながった国々、人々。

世界最先端の金融技術。

アメリカと、そして日本・・・。

 

映画のはじまり。

とうとう日本に愛想尽かして海外でくさって自暴自棄的酒とバラの日々(笑)をやっている鷲津を、再び舞台上に戻そうと助力を乞いに来る芝野がいう言葉。

「こんな腐った世界(日本)を、金融界を作ってきたのは我々なのじゃないのか」

その言葉にハッとなった映画初見の日。

ああ、この映画はやはりただごとではすまない映画に仕上がっているな、と背筋を正した私なのでした。

 

 

この項、以下続きます。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2009年6月 9日 (火)

映画「ハゲタカ」 Vol.1

Hagetaka_ban_l




観ました。

そして、うーん・・・、やられた。

ドラマ版と違って、ラストシーンを観終わっても全然すっきりしません。

いや、けなしてません。

逆に、誉めてます。感嘆してます。

このずっと後を引く感じ、考えさせられる感じ、テーマの深さは相当のもの。

ずっと、考えていたんだよね。

あの日から。

そう、あの日からずっと・・・

 

 

 

リーマン・ブラザースの破たん後NY証券取引所で株価が大幅に下がり始め、ついにアメリカ政府が介入するかしないかということで、アメリカ下院で「金融安定化法案」を決議していた2008年9月29日。

しかし法案は可決失敗で、否決。

その日NYの株価はあれよあれよと坂を転がり落ち、その時点で「過去最大」と言われるほど暴落。

9.11事件後の株価暴落よりひどかった。

慌てて翌週10月3日、やっと「金融安定化法案」を通したけれど、もう遅い。

 

翌週6日、7日と株価は下がり続け、ついに8日の午後東京市場・日経平均が9.38%の下落率を記録した時、CNNのブレーキングニュースとなった。

事故だの地震だの以外でCNNが「東京」をブレーキングニュースにすることなんてめったにない。

それだけに事の重大さがひしひしと伝わり、普段市場のニュースなんかさして興味ももっていない私も固唾を飲んで見守ったものだ。

 

さらに10日、日本を中心としたアジア株が次々に大暴落。

パニック売り、という状況が止まらない。

このまま「東京市場」が「世界市場」を道連れにして崩壊するのか、とさえ錯覚するほど。

東京発のブレーキングニュースを連発するロンドンのCNNスタジオも、ほとんどパニック状態だった。

あんなに叫んで動揺するCNNのアンカーたちを観たのも初めて。

そしてその夜、NYの市場のオープニング・ベルとともに株価がどんどん下落していき、ほんの5分ほどの間にダウが確か800くらい下がっていくのを見た。

 

まさに音をたてて金融市場が崩壊してゆく。

こんなにも脆いものの上に私たちの生活が成り立っていた、という事実。

その、背筋も凍る感じ。

その、あまりの恐ろしさ。

いまになっても、まざまざとその時感じた感覚を思い出す事ができる・・・

 

 

この悪夢のような1週間のあいだ、そしてその後。

本当にいろいろな人たちが、途方に暮れ、悲嘆し、あるいは怒りながら、本当にいろいろな事言ったり、書いたりしていましたよね。

みんな、ややハッキョー気味だったので(失礼)良くも悪くも「その時」のなまのもの。

その後の展開で当たっているものも、はずれているものもあるのですが。

 

ジム・ロジャース(伝説のファンド・マネージャーのジョージ・ソロスのパートナーとしてクォンタム・ファンドをともに設立した人ですね)なんぞは、ウォール街の近年の在り方に批判的だったから、

「(今回のできごとは)29歳でマセラッティを乗り回しているような身の程知らずな連中に、思い知れ!ということだ」

とか吐き捨てていて、そのあまりにピンポイントな攻撃ぶりにテレビの前のワタクシは

「なんすか~!!それーっ!!!(きーっっ!!)」

と身もだえしておりましたです((笑)でも、「ハゲタカ」ファン、鷲津ファンならわかるよね?(大笑))

ただ、「ウォール街の身の程知らず」という言葉は深く心に残りました。

 

 

そして、あの日からずっと考えている。

考え続けている・・・

この「危機」の意味は何なのか。

世界はどこに向かっているのか。

 

 

 

映画「ハゲタカ」を観て、やっぱり考え続けているんだな、と感じました。

「ハゲタカ」を制作した人たちも。

そして、鷲津政彦も。

 

いやー、簡単に答えが出るとは思いません。

世界情勢も世界経済情勢も。

そして、この映画「ハゲタカ」の解釈も。

ドラマ版と同じで、繰り返し観て、味わって、分析して、我が身のことと感じなければ。

そして、たぶん時の経過ととともに、その感想も違ってくる。

「世界」が動く分、たぶんこの映画の持つ意味も揺れ動いてゆく。

「世界」と連動する映画・・・

 

 

 

またしばらくのあいだ、折にふれこのトピックは当ブログ上で書かれていくことと思われますので、「Vol.1」としました。

いま、ちと時間がないので追って細かい感想とかも書いていきたいですが。

なにより、もっと数回観て確かめてみないとね。

 

今のところざっと言えることは、これ、まるで「3部作」の真ん中ですね、ということ。

終わってない。

そう感じる理由は、またおいおいに。

もう1作、制作してください!!

(えっ?「また続編希望」は欲深い?いや、「ハゲタカ」廃人ですから!!(笑))

 

 

 

時間がない理由のひとつは、またもや我が家のパソコンの1台がクラッシュしそうだから。

(またかいな(苦笑))

バックアップ作らなくちゃー!

このパソコン、実は「訳あり」で我が家に流れ着いたお方。

パソコン・メーカーのサポートセンターに電話する時、ちょっとどきどき。

「そのパソコンは当社では登録されておりません」

と言われたらどうしようかと思いました(実際は登録されていてひと安心でしたが)

もし登録されていない身元不明パソコンだったら、パソに向かって言ってしまいそうでしたよ。

「おまえは誰なんだ・・・」

 

 

 


| | コメント (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »