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2009年3月31日 (火)

「過去の亡霊」からひとこと~G20への道

nyan-chan2222「世界を亡霊が徘徊しているー90年代の日本という亡霊が・・・」

当ブログの経済顧問(笑)「・・・カール・マルクス&フリードリヒ・エンゲルス?・・・あんた、それパクリです(呆れ)しかも、3月号のWEDGEにも、そんなパロディまがい書いてる人がいましたよ」

nyan-chan2222「いやまあ、パクリですが(爆)でもWEDGEの真似じゃないですよ。あれ読む前から考えていたんだから!」

 

 

 

ご無沙汰してます、nyan-chan2222です。

相変わらずバタバタしてる間に、いたずらに時間だけが過ぎゆきます。

いやまあ、いつものことですが。

このブログも長い間更新できず・・・もしかして時々訪ねて覗いていてくださった方々、申し訳ないです(冷汗)

その間、いろいろヤボ用を片付けながら・・・、まあ、「ステート・ウイズイン」を熱心に観てたり・・・(←ああっ、やっぱり!という声がどこかから聞こえてきそうです(笑)めったにドラマは観ないので、観ると大ハマリするのはいつものこと。まあ、内容的にもnyan-chan2222が観るしかないでしょ!というストーリーでしたが、2月から3月の、このクソ忙しい時期に全7回のテンション高いドラマを放送なんて(前にどっかで聞いたようなパターンだ(笑))、NHKさん、もしかして狙ってる??責任とって、是非是非、再放送をプリーズ!!!・・・ああいかん、これ以上書くと大脱線しそうなので、「ステート・ウイズイン」についてはまた日を改めて(汗))

 

 

 

まあ、そんな日々の中、先日ちょっと用事があって虎の門のスターバックスにいたわけですよ、ワタクシ。

そして、去年とはまったく光景が違ってしまったことに驚いていました。

虎ノ門のスタバは、しばらく前まではスーツ着た欧米系の外国人ビジネスマンがパソコン打ってたり、商談の合間なのかお茶しながらミーティングしてたり、が結構多かったのです。

なのに、欧米系外国人らしき人がひとりもおられず。

日本人だってビジネスマンっぽい人をほとんど見かけず。

みんなどこへ行ってしまったの?という感じ。

で、その話を知人にしたら、知人の仕事先ビルでも下のフロアの外資系金融会社が一夜にして撤退して、ひとっこひとりいなくなってしまった、という話を聞かされました。


 

やはり、世界的な金融危機なんだな、と妙に納得。

じわじわと風景が一変しつつあります。

でもこういう変化は今回が「初」ではないですね、東京は。

というよりも、CNNでもこの前言われてましたが、10年前に同じような危機的事態だったのに、どうしてまたおんなじことになってるのか、日本!(苦笑)

ただすでに通った道なので、東京では人々は悪く言えばあきらめ気味、良く言えばあわてず騒がず、今のところはしぶとい感じです。

 

でも、世界の他の地域はそうはいかないですね。

特にアメリカやヨーロッパでは、記憶にある限りこんな目にあったことないでしょうし。1929年の大恐慌の記憶なんて持ってないし。

だから、この先どうなるのか、それがわからなくてとても不安、心配、恐怖・・・

当然でしょう。

そして、みんな口をそろえてこう言うのです。

1990年代の日本のようになってしまったらどうしよう!」

90年代の日本の「失われた10年」のようにならないためには、どうしたらいいのか?」

 

 

そう。

世界を亡霊が徘徊している。

90年代の日本という亡霊が。


 

なので、ここはひとつ、当ブログの経済顧問と相談しながら、みんなが怖れる日本(苦笑)のようにならないために、ちょっとだけ世界の人たちにアドバイスを書いてみようかと思います。

つまり、題して。

「亡霊」から、ひとこと。

 

 

 

どうして10年間も(いや正確には、日本の庶民にとってはここ18年間ほどずっと)失われてしまったのか。

その一番の理由は「現実逃避」だった、と私は思います。

80年代末から90年代初頭にかけて、日本中が浮かれた「バブル景気」は、文字通り泡のように実態のないものではじけ飛んでしまったわけですが、その事実をみんななかなか正視することができなかった。特に強烈に下落した不動産価格など「時間がたてばきっといつかまたもとの価格に戻るにちがいない」と心のどこかで思っていた。

なので、バブル崩壊後じりじりと価格が下がり続けても何も手を打たずにいてしまい、やがて気がついた時には手の施しようもなく、不良債権として積みあがってしまっていた。

そしていったん不良債権の山ができてしまうと、今度はそれをひたすら隠すはめになった。

二重帳簿をつくったり、実態のない子会社につけかえた形にしたり、無意味に隠し続け、ますます不良債権が増え積みあがっていった。

90年代を通してそんなことが行われ、ついに90年代末、もうどうにもならない状況になってつぶれる銀行や証券会社が出て、初めて「これはもう絶対に元には戻らない。だからなんとかするしかないのだ」と気がついた・・・。


 

つまりは、もともとが「バブル」だったわけです。そんなに高い価値などあるはずない。底上げしていただけなのです。

もう絶対にバブル時の価格に戻ることはない。

いや、健全な経済のためには、またバブルに戻してはならなかったのです。

本当の価値がどのくらいなのか早く「査定」して、実態にみあった価格を受け入れ、バブルの時の異常な高値価格とのあいだの差=損失額を「不良債権」として確定しなければならなかったのですが、それをやらずにだらだらと現実逃避していたわけです。

もっと早くちゃんと確定していたら、価値のさらなる下落も歯止めできたろうし、負債が雪だるまのように積み増すこともなかった。

さらには不良債権を恐れて銀行が貸し渋りを始めることもなかっただろうし、ドミノ倒しのように負債が連鎖して銀行や証券会社の倒産の危機が拡大していくことも止められたはず。

重要なのは、痛い現実、真実をしっかり認めることで、それが解決の第一歩、始まりなのです。


 

日本ではやっと1998年に制定した金融再生法の下、金融庁(当時は金融監督庁)が金融機関に対して強制的に調査に入れるようにしたのですが、これだって十分でなかった。

本当のところ、日本国内の組織では問題処理のための力をなかなか発揮できず、海外からの「外圧」がかかってやっと動き出したといってもいいかもしれない。

不良債権処理に群がった海外勢のハゲタカファンドやら、2002年に導入されることになった時価会計やらの「外圧」が必要だったのです。

「外圧」がかかって本格的に「査定」が始まるまで、さらに余分な時間が失われたのはいうまでもありません。


 

しかし、そうやってなんとかバタバタと始まった「査定」が公正であったかどうか、実はあとあとまで尾を引いています。

本当に正しい「査定」がされたのかどうか。

どう考えても実態の価値より高い評価をされた不良債権もある。逆にこっそり不当に安い値段をつけられて他の屑物件と紛れ込ませて処分が行われた優良物件もあり、不当に私腹を肥やした悪者たちもいたことが、いまになって明らかになりつつあります。

こうした事態はさらに悪くすると、混乱に乗じて小手先のテクニックで「怪しい証券」をまたも新たにつくり出したり、「怪しい債権市場」をでっちあげたりする者が出てこないとも限らないということでもあります。

当時言われた「民間の活力利用」という言葉が目くらましとなった結果、いまになって日本の社会は公的なものがボロボロになりつつあり、問題が噴出していることも付け加えておきます。

もっと公的な存在の組織が不良債権処理にあたれなかったのか、あとから悔やまれても、その時にはすでに遅いのです。

 

 

先週アメリカで「バッド・バンク」構想という不良債権処理策が発表されましたが、これはやっと直視するためのスタートラインにすぎません。

肝心なのは今後どうしていくか、の方ですから。

述べてきたように、正しい「査定」がされないと意味ありません。

「バッド・バンク」をどういう組織にするか、誰が、どうやって、采配をふるうか、それこそがとても重要なのです。

おそらくすでに多額の不良債権を抱えてしまっている金融機関に、損失額の責任をとらせながら債権を吐き出させるのはとても大変でしょう。

日本の例を出したけど、欧米の銀行だって「現実逃避」してないと誰が言えるでしょう?

かなりの強制力をもって、金融機関が隠したり飛ばしたりしている不良債権をつきとめて処理させ、必要とあれば経営責任(当然民事訴訟も含みます)をとらせたり、さらには金融機関を解体したり破たんさせることも視野にいれなければならないのです。

いまアメリカは、財務省の権限強化問題の賛否で揺れているようですが、そんなのは目じゃないかも、と言っておきたいです。


 

しかも、今回のこの金融危機は一国の処理で片付く問題じゃありません。

国際的に広範囲に多種多様にばらまかれた不良債権を同時に処理していかないと、またどこかに「吹きだまり」のような真空地帯ができて、いずれそれが発火点となってまた新たな金融危機を招かないとも限らない。

実際、日本で不良債権をしょいこんだものたちが、それを解消するために別の国でまたバブルをおこそうと企てた、なんていう馬鹿な犯罪的なこともおこったのですから。

すでに世界は良くも悪くもつながっているのです。

 

 

そういうわけでアメリカ国内で財務省に権力が集中しすぎだ、などと的外れなことを議論している場合ではないです。

「査定」は速やかに、しかし公正に、やらねばならない。

極めて困難な道です。

そのためにはかなりの知力と剛腕が必要です。

むしろ一国を越えて「査定」、「処理」、「規制」、「監視」を強制的にやる国際機関をつくるくらいの覚悟がないとなかなか片付けることができず、いたずらに歳月が失われることになる・・・

それは、みんなの反面教師にして恐怖の対象たる我らが日本国を例にひくまでもありません。


 

 

みんな、90年代の日本のようになりたくなかったら、さっさと決然たる意思をもって、国際的協力をつくりあげるんだ!

屈辱を承知でそう言いたいです。


これが亡霊からの伝言。

亡霊からの忠告です。


そして、世界のみんなが良くならないと、どんなに過去の経験があったって日本はまた何度でも同じことに陥る、とも承知しています。

世界はもはや否応なく堅く密接につながっているんですから。

 

 

今週始まるG20の国際会議、そしてその後に続く道。

今後の展開を注視しています。

果たして次の一歩が踏み出せるのでしょうか。

 

 

 

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