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2008年10月

2008年10月22日 (水)

merica Votes 2008 アメリカ大統領選挙ウォッチャー記~その26ふたつの未来(大統領候補討論会 第3回 ニューヨーク州)

自分の体調がすぐれない時に、これまた大いにすぐれない状況のニュースをチェックしているのはとてもしんどいものです。

先週の私はキリキリ痛む胃を抱えながら、世界金融危機関連のニュースを見守っていたのですが、乱高下する株式市場に悪酔いしてしまいそうでした。

(特に東京市場のうろたえぶりは日本人として赤面ものです。動揺を鎮めるためになんら対策も打ち出せない政府も政府なら、いちいち海外市場の動向に23倍も過剰に反応して、自分の頭で考えようとしない投資家も投資家なんですが。でももっといけないのは、ここ15年以上も続くあまりの「不況感」に慣れきってしまっていて、考える気力もなく「ああまたか」とただただ呆れかえっている国民の状態もどうかと思います。)



そんな1週間の中でも、やはり飛び抜けて目を引いたのはヨーロッパの対処の仕方だったかと思われます。

イギリスのゴードン・ブラウン首相がすでに8日の段階でイギリス政府による主な銀行への資本注入を決定、他国もこれに続いて欲しいと記者会見で訴えました。

当初混乱のため動きの鈍かったヨーロッパ諸国もそのイギリスの動きを受け、13日にもフランスのニコラ・サルコジ大統領がイギリス同様の金融機関への資本注入をフランスでも実施すると発表。

またフランスは今回のEU議長担当国として加盟27国をまとめ上げ、加盟国の協調行動として同様の政府介入をそれぞれの国が進める方向にもっていきます。

そしてEUを中心としたG7(プラスG20 )が、アメリカにも同様の資本注入を行うことをプレッシャーをかけます。

むろんアメリカは当初は抵抗しましたが(国民の理解が得られないだとか、資本主義の原理にもとるだとか、うだうだうだ)株価は乱高下しながらどんどん下がっていくばかりとあって、ついに14日金融安定化法案で用意された資金の中から2500億ドル(25兆円強)を使って9社の大手金融機関などへの資本注入(株式の取得)をすることを発表したのでした。

金融機関の破たん懸念に即刻対応したことで、巷ではブラウン首相の手腕を高く評価されているようですが、ブラウン首相の意図に反応したサルコジ大統領の連携ぶりも見事でした。

1国が倒れたらドミノ倒しで世界中に広がってゆく、だから何としても一刻でも早く食い止めなければならない、というこの危機の本質を見抜いていたという点で2人とも一致して政策にとりかかり、10月のあたまにはもう空中分解してしまうのではないかと思われたEU の大ピンチを救い、ひいては崖っぷちに立っていた世界金融をとりあえず崖から転げ落ちるのを救ったのです。

思えば、ブラウン首相(左派)とサルコジ大統領(右派)が同じ船に乗って絶妙に連携しているさまは非常に興味深いものでした。

本来だったら政治的立場が対極にあるような2人が同じ船に乗って、暗礁だらけの海の航海をしていくさまは、もはや政治イデオロギーだのなんだの言っていたような時代を遥か後方に置いてきたこと、新しい21世紀の本当の始まりを試されたのだと強く感じたものでした。

それはまったく新しい旅の始まり。

これまでの海図にない旅の始まりだったのではないでしょうか。



その同じ頃。

1015日夜(現地時間)アメリカのニューヨーク州ホフストラ大学では、アメリカ大統領選挙のための大統領候補者討論会が行われました。

これは3回目で最後の討論会、というわけです。

ヨーロッパの劇的な展開に比べて、こちらはどういう新しい道筋を見せてくれることができるだろうか、それが私にとっては最大の興味のポイントでした。

討論会のテーマは「内政問題」

当然、前2回よりもこの金融危機について多く時間をとり、これを前提にどう各自の政策を立てて実行していくか、が焦点になるものと思われました。

ふたりの候補はそれぞれ、住宅差し押さえの90日間猶予(オバマ候補)とか不良債権化したローンの買い取りと新規ローンへの組み換え(マケイン候補)などといった新しい政策を打ち出してきていたのですが、どちらの政策もどちらが主張してもおかしくない感じで各自の差別化まではいかなくて、これは有権者にとってなかなか選び難いなと感じられるものでした。

従って、それぞれが差別化して「相手とは違う」と主張できる点はどうしても旧来からの「違い」を主張している点で、それは「税金」の設定の仕方の違い、ということになってしまっていたように思います。

すなわち、「減税」が前提で、特に富裕層に対する減税をやれば、それは経済活性化、消費活性化、雇用促進につながるとする、旧来の共和党的政策=レーガノミックスの焼き直し版をマケイン候補は掲げているのでした。

そして、「減税」すると国庫が歳入不足になってしまうために、その「減税」とセットになっているのは「歳出の制限」というわけで、いわゆる「小さい政府」論となるのですが、マケイン候補は政府歳出の全面凍結と見直しをするといいます。

ただし、同じくレーガノミックスで重要な柱となっているいわゆる「規制緩和」については、この金融危機が始まるまでは主張していたのですが、この危機の元凶とも言われているため、一切言及しないようになっていたのは当然でしょうか。

一方オバマ候補は、そのレーガノミックスを掲げて過去7年半を運営してきた現政権=ブッシュ政権が金融危機を呼び、経済も国民の生活もボロボロにしてしまったことを突き、それを立て直すためには「中産階級の復活」をさせなければならない、そのためには「減税」は低所得者と中所得者のために行い、富裕層に対しての減税を廃止する(つまり富裕層については現在より「増税」になる)ことで国庫の歳入を失わないようにする、という政策を打ち出しています。

ただ歳出については、見直しはするけれど必要なところには投資しなければならないとし、特に社会福祉や医療制度改革などの社会のセーフティ・ネット作りと次世代のための教育関連費を重視する政策も掲げています。これはいわゆる「大きい政府」論ともされているものです。


このふたつの立場がいわば真っ向から議論したディベートだった、ともいえます。

表向きには。

しかし、現実には、このふたつが対決した「ふたつの未来」は存在しなくなっています。

アメリカ合衆国にとっては。


アメリカはすでに大いにこじれてしまった3つの戦争を戦っていて、イラク戦争、アフガニスタン戦争、そしてテロとの戦争、の膨大な戦費と、肥大化したアメリカ軍の経費(復員軍人への補償費も含む)が必要となっており、アメリカ政府歳出に重くのしかかっています。

ついでに、これに加えて先月から「金融危機との戦争」も加わってしまい、いってみるなら「ウォール・ストリート軍の立て直し」とか「サブプライム戦争の復員破たんファミリーへの補償」とかをこれから実行していかなくてはならないのは明白です。

この戦争は実は前3つの戦いよりもはるかに厳しくやっかいですが、アメリカは国家として生き残るつもりがあるのなら、必ず避けて通ることができません。

いまや世界経済はグローバル化してつながってしまっているのですから、すでに世界じゅうを引きずりこんでしまっているアメリカが、戦わないで済ます方法はないのです。

もしこれを戦わないで下りてしまおうというのなら、そして本気で「小さい政府」を目指そうというのなら、まずアメリカ軍を解散して、大企業全部と手を切り、世界金融から撤退して、世界の基軸通貨であることをやめなければなりません。

ついでに、FRBの廃止、連邦政府を解散して、完全に州政府に権限移譲し、各州政府をそれぞれ独立国扱いにする。

ついでにもっと念を押すのならば、かつて日本の徳川幕府がやったように各州政府の判断で「鎖国」してしまえばもっと完璧でしょう。

つまり、アメリカ合衆国の解散。

これ以外に現代で「小さい政府」などというものが成立できるはずがないのです。

しかし、アメリカ合衆国の解散など、できるはずもない。

だからアメリカにとっては、もう選択肢は他に存在しないのです。

観念的なイデオロギー論や政治論なんぞを言っている場合ではない。

おそらく次期大統領が誰になろうともいずれ国庫の歳入不足を補うために増税することは免れないでしょうし、またどんなに充実した社会福祉政策を望もうとも、どこかで妥協して優先順位の低いものは諦めなければならないでしょう。

だから本当に必要なのは、自分のよって立つポリシーを声高に主張することでは全くなくて、より良い選択肢のために自分と違う立場の意見を取り入れることができるかが大切であり、対極の立場の人たちと同じ船に乗ることができることこそが必要とされていることなのです。

それを最重要に考えれば、誰を大統領にするのかは自ずから明白になることです。


そんな風に考えながら私はこの最後の討論会を見て、そして討論会後も各候補者たち(大統領候補たちだけでなく、副大統領候補たちも含めて)の言動をチェックしていたわけです。

そして失望を禁じえません。

アメリカはまだこんな程度の地点でとどまっているのか、と。

ヨーロッパはその間より緊密に結束し、立場の違いを越えた協調行動で市場の混乱を鎮める努力をし、各国政府が金融機関救済策を続々と打ち出しています。

アメリカでは、候補者の政策が社会主義だとか、ヨーロッパの政策が社会主義だとか、実にくだらない、時代錯誤な論戦を張っている間に。

もう一度冷戦時期に引き戻したいのか、と疑うような馬鹿な主張を声高にあげる者がいる間に。

そんな主張で国民を洗脳してしまえば、いよいよこれから金融危機が本当の意味で深く進行し、これまでよりももっと政府が関与しなければいよいよ国が破たんするという段階がきた時に、「それは社会主義だから嫌だ」と言い出す国民が必ず現れる。

それをどうやって説得するのか。

どうやって国の破たんを救うというのか。


ヨーロッパはついに「ブレトンウッズ体制」の見直しまで言い始め、いよいよ第二次大戦後から続いてきた国際通貨体制を仕切り直す時期がきたのだと感じられます。

サルコジ大統領のいわく

「我々は新しい資本主義を再構築する」

そういえばフランスはコアビタシオン(保守革新同居)を長く実行し、ミッテラン大統領にシラク首相、シラク大統領にジョスパン首相もあったっけ、と思い出します。
ならば、サルコジ大統領とブラウン首相の組み合わせだって、何も違和感なくお互い歩み寄れて当然です。

それだけヨーロッパは大人で、EU市民のために最善の道をいつだって捜そうという「心」がある。

その「心」こそがおそらく「信用」という絆に、今この金融危機のさなかに一番必要とされている「信用」というものになっていく。

それがどうしてアメリカでは成り立たないのだろう。

どうして気がつかれないのだろう。



最終討論会で最後に握手するオバマ、マケイン両候補を見ていて、これが大統領と副大統領だったら、どんなに良かっただろうか、と思えてしかたありませんでした。

しかし、アメリカにはその選択肢がありません。

少なくとも今のところは。

これがおそらく、今後のアメリカの「最大の弱点」になることと予感しながら、私は画面に見入っていたのでした。

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2008年10月 9日 (木)

America Votes 2008 アメリカ大統領選挙ウォッチャー記~その25「次期」ではなく「現在」(大統領候補討論会 第2回 テネシー州) 

私は巨大猫が好き。

大きなでぶ猫は、美しい毛並みもどっしりした骨格も撫でて楽しく見て嬉しく、心和ませてくれるから、大いに愛すべき存在です。

しかし、猫も6キロを過ぎると医者から注意を受け、7キロ超えではまず間違いなく「このままでは太りすぎです。やせましょう」と言われるでしょう。

ましてや8キロなんてなってしまったあかつきには「糖尿病になるかもしれない。結石になるかもしれない。高血圧だって、心筋症だってあぶない」と病気宣言が飛び出す可能性大で、実際なにかの病気が発病してくるかもしれない。

その時、なぜこんなことになってしまったのかと嘆いてもきっと医者に言われるだけ。

100パーセント飼い主の責任です」

つまり周りの人間がかわいい、かわいい、と甘やかして、たくさん餌を食べさせてどんどん肥らせて、ついに病気の巨大猫にしてしまったのだ、と。



失礼ながら、ここのところ世界を揺るがしているアメリカ発の「金融危機」の行く末を眺めながら、毎日こんなことが頭を駆け巡っている今日この頃の私です。

言うまでもなく、病気になった巨大なでぶ猫はこれまた失礼ながらアメリカ合衆国。

そしてみんなで甘やかしたのは世界中の国々、特にアメリカに大量に物を売ることで生業を成り立たせているアジアの国々。

もちろんその筆頭とされているのは日本であることは疑う余地もない話です。

昨日108日、それを不本意なかたちで証明して、東京マーケットは9.38%という株式市場大暴落を経験してしまいました。ここ20年で最悪だという人もいるとか。

日本はアメリカに車だの家電だののモノを売ることで成り立ってきた。

だからアメリカの金融界がメルトダウンして、やがてその影響がアメリカの市民生活に及んできたら、メイドインジャパンのモノたちは売れなくなる、日本の企業は成り立たなくなる・・・という先行き不安から、日本企業(特に製造業)の株の下落が止まらない、というわけです。

しかし、こんな話は今に始まった話ではありません。

もうずっととても不自然な、こんなバランスのとれないバランスで、世界対アメリカの関係は成り立ってきていた。

どう考えても不自然なほど大量にアメリカにモノを売ってきながら、それがおかしいと考えなかったのか。

そして、買う側のアメリカも大量に消費しながら、こうした生活ができるのはいったいなんの根拠があってなのかと疑問に感じなかったのか。

病んで、衰えていると気がついたとたん、これまでのビジネスモデル、経済モデル、金融モデル、国際関係モデルすべてが、大いに無理があったのだと気づく・・・

いまさら気がついても遅い、という声も聞こえるでしょう。

あまりにも激しい混乱の様子を見て、どうしていいかわからない、という声もあるでしょう。

でも、だからといって生きるのを止めるわけにはいかない。

だからこの無理な関係をやめて、本当にバランスのとれている関係に直していかなければならない。

それはやるのが望ましいこと、ではないのです。

それはやらねばならないこと、なのです。

誰かが愛すべきでぶ猫を捕まえて、「おまえは病気なのだよ」と言い聞かせなくてはならない。

もう今までと同じ暮らしはできないのだよ、と教えてやらなくてはならない。

そして、おまえの幸せはたくさん食べて必要以上に肥り続けて病気になることではないと、別の道を示してやらなければならない。

また、でぶ猫に餌を大量にあげることを生業としてきた人々(国々)にも新しい生業をみつけるように呼びかけて、別の道を見出させなければならない。



しかし、そのことの、どんなに困難なことか・・・

その困難を思ってため息が出たのは、本日開催された第2回アメリカ大統領候補討論会(テレビ・ディベート)を見ていた時でした。

討論会は現地時間107日夜、テネシー州ナッシュビルでタウンミーティング方式で行われました。全国から募集した質問と会場に参加した人々の質問とに両候補が答える、という方式です。

この形式はマケイン候補のほうが慣れているともいわれていたのですが、金融危機と経済問題に人々の関心が集中している時節がらこの問題への質問が集中すると思われ、内政・経済問題に強いと思われているオバマ候補の方が有利との前評判でした。

討論会自体は確かに経済問題への質問で始まり、両氏とも事の重大性を訴え、第1回の時よりもはるかに切迫したアメリカの金融状況を受けて目の前の金融危機と迫りくる不況の問題がこの大統領選のメイン・テーマとなったことを鮮明にしたのですが、残念ながら国民が今すぐ聞きたい具体策の提示はほとんどなかったと受け取られたようではあります。

確かに、先ごろ議会を通った「金融再生化法案」の責任者が決まり、問題をあぶり出すための公聴会が始まったばかりの現時点では、具体策を出してみせるのは難しいと思います。

この法案の中身、詳細がなかなか伝わってこないのですが、走りながら決めるというのが正直なところなのではないかとは思います。

だから現政権がどうするつもりなのかが見えない今の時点で、いずれそれをいやでも引き継がねばならない運命の次期政権を志す候補者たちにとって、主張できることは実は限られているのかもしれません。

そうなってくると、候補者たちのどちらがふさわしいか、を見定めるポイントは何になるのか?

ひとつはまず、この状況がどこからきているのか、何に起因しているのかを正確に把握していることに尽きると思います。

ただ現在目の前に展開している危機的状態だけでなく、それがどこから来るのか、どんな因果関係があるのか、というところまで踏み込んで理解ができているか、ということ。

その理解の上で、今までのやり方を一新する提案ができる必要がある。

私が見るところでは、どちらの候補も現時点では、おおっぴらにアメリカのこれまでのやり方、いわばライフスタイルというようなもの、それ自体に問題があるのだと、指摘できてはいません。

これまで大量にモノを消費することが正しい資本主義社会だと、市場原理だと教え込まれてきたアメリカの人々にとって、それこそコペルニクス的発想の転換が必要なことで、今すぐにはとても無理なのだと想像に難くありません。

なにも消費全てがいけないと言っているのではないけれど、いらないものを大量に消費するためにお金を使うのではなく、本当に必要なものにお金を使うことを諭さなければならないのですが、その時アメリカ人を非難するのではなく、説得しなければならない。

件のでぶ猫理論からすれば、猫を叱りつけるのではなく、心からの同情と理解をもって接して、本当に健全で深い満足度の得られるライフスタイルへ一緒に連れて行かなければならない。

これはとても大変なことです。

また、もうひとつ。

今度はアメリカに大量に売り付けることで成り立ってきた国々とこれまでとは別の付き合い方をしなければならないのは明白です。

アメリカは世界に誇る軍事力を背後に控えながら、15年間世界の盟主として冷戦後の世界をしきってきたのですが、それが世界の反対を押し切ってイラク戦争に突入したあたりから世界的な人望を失い、いままたアメリカ発の金融危機で世界中を巻き込んでしまっている。

この危機はアメリカ1国で対応しきれるものではとてもなく、世界に協力してもらわなければ乗り越えることは不可能です。

確かにアメリカの大量消費への依存型できた世界の方にも大いに問題があったのは全く否定できません。

それは各国の問題点として、特に日本人である私たちはしっかり自覚して、今後の世界の経済構造をなんとか改善していかなければならないでしょう。

アメリカだけを健全にするのではなく、世界みんなで健全にならなければ。

そしていまこそ、アメリカにはそうした世界の協力を取り付けるための本当の指導力のあるリーダーが必要なのです。

それにはたぶん軍事力や恐怖心に基づくリーダーシップではなく、もっと心からの尊敬を得られるようなリーダーシップを持っていなければなりません。

上にたって強制するのでなく、ともに手をとって協力する関係を築くこと。

これもまた、すこぶる大変なことであります。



この眩暈のするような大変な仕事を次期大統領は担っている。

そして、今現在の選挙戦は、今目の前のライバルを凌ぐためにやっているのではなく、実はもうすでに次期大統領の仕事が始まっているのだと考えた方がいい。

もし、今、選挙に勝つためだけの意味のない攻撃をしたり、選挙のくだらない茶番劇を演じたり、現実を理解していないような言動をしたりすれば、それを世界の人々はこの目で衛星回線を通じて現在進行形で目撃することができる。

そして、その事実は取り消せない。

すぐに株式市場に現実となって反映され、恐ろしい株式の暴落となって形に現れるのだ。

そのことを次期大統領候補は肝に銘じたほうがいい。

もうすでに、すべては始まっている。

アメリカは世界と協調して、世界を取り戻す気があるのか。

アメリカ1国だけしか視野になく、世界を顧みようとしなかった過去7年間をまた繰り返すつもりなのじゃないのか。

本気で世界を回復させる気があるのか。

世界は息をつめて見守っている。


大統領候補たちはアメリカの「信用」を背負っているのだと、絶対に忘れてほしくありません。

誰も愛すべき巨大猫をみすみす死なせたくはない。

100%飼い主の責任、であるならば、その「飼い主」とはアメリカ人すべてと世界の人々すべてと、

そして、誰よりアメリカ大統領その人のことであるのだから。

すでに「次期」ではなく、「現在」そのものとなった、この大統領選挙の行方を世界とともに息をつめて見守ろうと思います。

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