America Votes 2008 アメリカ大統領選挙ウォッチャー記~その24メルト・ダウンの渦中で(大統領候補討論会 第1回 ミシシッピ州)
かつて、アメリカで起こった出来事は10年遅れで日本でも起こると言われていた時代があったといいます。
実際同じことが起こったのかどうかは詳細を見なければわからないのですが、おおざっぱに言ってアメリカがたどった軌跡を追いかけてきた、つまり日本がアメリカの背中をずっと追っていて必死に追いつこうとしてきたという意味でもあるでしょう。
それはもちろん敗戦で全てを失ってしまった日本にとって、戦後繁栄の極みに向かって驀進していたアメリカがとても魅惑的で輝いて見えていたからでしょうし、その背中との距離がだんだんと詰まっていくことを国の復興の証と考えたからでもあるでしょう。
いつしか10年遅れであったことが5年遅れで起こると言われ、それが3年の差になり、ついにはほとんど同時に同じことが起こるようになる・・・「グローバリズム」という言葉が他の地域と違ってさして不信も感じず受け入れられた理由でもあります。
21世紀にはいってからこっち、「グローバリズム」の名のもとに日米の時間的距離感は徐々に消えていき、せいぜいその差はマーケットが開く時差程度になってきている現在、日本人にとってはある意味「感無量」とでもいうようなことがここ2週間ほどおこっているのではないでしょうか。
ここのところアメリカで、ウォール・ストリートで、起こっている出来事はどうもいつか見たことがあるような気がする・・・。
ちょうど前世紀末、1997~98年ごろに日本で起こったことに酷似している。
不動産バブルが崩壊したあと、なすすべもなく放置しておいた結果、未曾有の金融危機に見舞われ、日本発の世界恐慌が始まることだけは避けなければならないと言われ、関係者が奔走していた(といわれる。奔走してホントに何か対策が出来ていたかは不明)日々。
ついに、潰れるはずがないと思われていた都市銀行や大手証券会社の一部が破たんし、次はどこが倒れるかと戦々恐々としていた日々。
では対策に公的資金を注入するか、という話になり、しかし莫大な税金の投入の是非をめぐって喧々諤々と連日ニュースが飛び交っていた日々。
ああ、これは10年前に見た光景だ。
ついに日本はアメリカに追いついて、そして追い越して逆転したのだ。
つまり日本で起こった出来事は、10年遅れでアメリカでも起こるのだ、と。
まあ、現実に今おこりつつあることはそんな感傷的なもんじゃありません。
アメリカは人口は日本の軽く2.5倍(いや実数は3倍いるんじゃないかと私なんかは疑ってますけどね(笑))国土は25倍超もあるからなのか、この度の金融危機=ウォール・ストリート・クライシスも10年前の日本の金融危機の2倍速、3倍速、いや10倍速くらいの進行のしかたです。
とにかく進行が早い。
そして危機的状況があまりにも大きすぎる。
日本の時も世界に波及しないように、って言われてましたけど、アメリカ現在進行形ですでに世界に波及してます。
それだけアメリカは世界のど真ん中に鎮座してる、とでも言いましょうか。
まあ世界の基軸通貨なんだから当たり前です。
ベア・スターンズの破たんから、ファニー・メイ並びにフレディー・マックの救済のあたりでは、世界はこれからどーなるの?くらいの反応だったのですが、リーマン・ブラザース破たん、メリル・リンチの吸収消滅あたりから株価のジェット・ローラーコースター的暴落が始まって(いや、本当の意味で上げる要素がないからこれはラージ・ヒルのジャンプ台といったほうが正しいのか)世界中の株式市場が刻々と続落して、各国で信用収縮とリセッションが起こり始めている状況です。
しかも大問題なのは、誰もこれを予期していなかったわけではなく、去年夏以来「サブプライム問題」という時限爆弾が存在していることがすでに白日の下にさらされていたわけですから、「何かがあとでおこる、きっと。でもどんな事が??」というB級ホラーのような心持ちで1年以上も待っていたのに、その間、これからおこる惨劇への対策の手がまるきり打たれてこなかった、という事実でしょう。
去年、経済問題に疎い私はアメリカでおこりつつある恐ろしげなマネーゲームの悪成果を「???」と思ってその道に詳しい人(仮に、当ブログの「経済顧問」と呼んでおこう(笑))にいろいろ聞いていました。
その時紹介された本が春山昇華さんの著作「サブプライム問題とは何か」(宝島新書)だったんですが、これはとてもとてもわかりやすくこの問題の本質を解き明かしてくれたものでした。
つまり、「証券化」という金融技術の発達によって担保などの後ろ盾もなく焦げ付きなどのリスクもどこかにまぎれこませてしまえるような資金調達が可能になったことと、24時間世界のどこかで株式市場が開いていて四六時中くるくる循環しているのだから責任の所在があいまいになったことで、まったくの素人まで投機などのマネーゲームに容易く参加できるようになり、リアリティもモラルも希薄になってしまったことの問題のつけが、これからイッキにやってくるという重い予言が綴られていたのでした。
「きっとあとでおこるに違いない大惨事」
それがついに、アメリカで始まったのです。
かくして、その混乱の中、なんとか危機にあるウォール・ストリートの金融機関を救おうとアメリカ政府が資金を供出して(つまり税金を充当して)金融機関の不良債権を買い取るために7000億ドル(70兆円強)を用意するという「金融再生化法案」を上下両院の議員が、共和・民主両党の超党派で話し合いを続けるその渦中の先週末、9月26日夜(日本時間9月27日午前中)に、当初から予定されていた「大統領候補討論会(テレビ・ディベート)」の第1回がミシシッピ州オックスフォードで開催されました。
すでにご存じでしょうが、この討論会は開催直前までこのウォール・ストリート・クライシスに振り回され、一時はマケイン候補が大統領選挙活動を停止してもこれに取り組むべきだから討論会を欠席すると言いだすなど、討論会開催そのものが危ぶまれていたのですが、結局、超党派の微妙な話し合いに大統領選挙を持ち込むべきではないという議員たちの声もあって、無事開催されるに至ったのでした。
しかし、開催前のドタバタした印象と違って実際行われた討論会は、地味で、可もなく不可もない、という印象を受けたのは私ばかりでしょうか。
それは、今回の討論テーマが「外交・安全保障」というテーマで設定されていたせいでもあるかもしれません。
正直言って、両候補の外交姿勢に微妙な違いはあるとは言え、基本はあまり変わらないし、ただイラク戦争継続をめぐってだけは大きく対立するものの、残念ながら現在の時点ではアメリカ大統領(候補)には外交に関してはほとんど選択肢がないのだな、というのがよくわかったというばかりでした。
だから本当ならば今回の金融危機を受けて、話し合うべきテーマは、「内政・経済問題」こそがふさわしかったのだろうと思われるのですが、なんといっても先ほども書いたとおり、危機の展開のスピードが速すぎる、坂を転がり落ちるほどの加速が強すぎるので、正直言ってうかつな中途半端なことは言えない、ということもたぶんあって、「これも安全保障の一部ですから」という形で討論の冒頭を少し時間を割いて、この危機に対する議会の法案をどう考えているか両候補の立場を尋ねられたのみだったのでした。
もちろん、両候補とも、早急に何らかの手を打たなければならないと言い、法案の可決にむけて自分も力を尽くしたいと訴えたのは言うまでもありません。
しかし、この時点ではまだ具体的に法案の詳細の中身までつめられていなかったのでしょう、具体的に国民を説得する言葉、事例ともあまりにも少なすぎた、としかいえません。
ただただ、国民に理解を求めて同意してもらいたい、可決にこぎつけたい、という言葉にとどまった両候補だったのです。
しかし、これは後になってアダとなったのは言うまでもありません。
この文章を書いている9月30日現在(日本時間)「金融再生化法案」は議会下院で13票差で否決されてしまったのでした。
そしてこの否決をうけて、アメリカの株式市場は未だかつてない大暴落を記録、1987年のブラックマンデー以来の悲惨な展開になってしまいました。
そして今になって、CNNの視聴者の声の紹介などにも、マケイン、オバマ両候補がどういう対策をとろうと考えているのか詳細を知りたかったとか、今回の議会の法案の中身についてもどんなことが話し合われているのかその中身こそを訴えてほしかった、国民を導くリーダーシップこそを見せてほしかった、といったような声が聞かれているようです。
つまり、どちらの候補も国民の説得に失敗してしまった。
もっと言えば、肝心の議会も、現政権のホワイトハウスも、まったく国民の説得に失敗している。
アメリカ国民は自分たちの税金が何故自分たちのためには使われず、ウォール・ストリートの富裕な人たちのために使われるのか、その理由が納得できないし、それを許せない。
議会も現政権もうまく説明できていないから、このまま放置しておくと、実は廻り回っていずれ一般国民のもとにも危機的状態となって波及することを理解させることができない。
ただ、富める者のための対策にしか見えないし、貧しき一般国民には関係ない対策にしか見えない。
どうしてそうなってしまうのか?
それはたぶん政治家が、政府関係者たちが、自分を最大リスクに曝してこの危機に対峙しようとしている姿勢を見せられない、ということに尽きると私は思います。
私にとって不思議でしょうがないのは、アメリカ建国以来の危機だというここに至っても、閣僚のひとりも、議員のひとりも、自分の俸給を返上して国民を説得しようという人物が出てこないことです。
まず、大統領、副大統領から自分の資産を国に納めるくらいの責任をとってしかるべきだし、もちろん救済される側の金融機関のトップたちは退職金も俸給も返上に決まっている。
それどころか、今後FBIの捜査が入るならば、責任ある者たちからこの危機に至るまでの間に不当に儲けた全財産を賠償させるくらいの気持ちでないと今後の進展は一切ないのではないか。
(これはもちろん「グローバリズム」の時代ですから、アメリカ国内だけの問題ではありません。アメリカ国外にも焼け太りした悪人たちがいっぱいいるはずです。いずれハーグの国際裁判所の経済裁判所版を国際的協力のもとに作るべきです)
とにかく、指導者が身を切って見せてこそ、国民は彼らを信じるのです。
それこそが、「信託」というものです。
そして、そういった「責任」が存在しなければ、真の「自由」なんて存在しないと知るべきです。
こうした理由で私的には、今回のアメリカ大統領候補討論会がかなり色褪せてみえてしまった次第です。
当ブログの経済顧問(仮)からこんな言葉が届いていますので紹介しておきます。
「今回の危機は実は金融システムの問題だけでなく、アメリカの社会システムの問題でもある。
アメリカには今の大量消費型の社会システムにのっかった生き方ではなく、別の生き方を考えてほしい。
果たして、家族3人で暮らすのに5つもベッド・ルームがあるような家が必要なのか?通勤に片道3時間も自家用車を運転して通うような暮らしが正しいのか?サブプライム住宅に引っかかった心理の奥にあるのはそういうことだ。
それが乗り越えられない限りこの危機は根治しない。ただの対処療法になるだけだ。新しい21世紀の社会システムに移行しなければアメリカは病み衰えていくだけだ。
かつて1992年か93年のころ。
天安門事件後の中国では、社会主義の限界が露呈し社会が停滞していく中、とにかく改革しなければ全てが崩壊してしまう瀬戸際だった。その時改革の指導者を任された朱鎔基が所信表明にこう演説したという。
「棺桶を100個用意しろ。そのひとつは私が入るために」
それまでの社会システムを変えるということはかなりの覚悟のいること。でもやらなければ社会も国家も崩壊してしまうというなら、もう覚悟を決めてやるしかない。
相討ち覚悟で改革した朱鎔基と同様のかなりの覚悟を持って、アメリカの次の指導者には進んでいってほしい」
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